| ヘブライ人の歴史 | ヘブライ人とイスラエル人とユダヤ人は同じ民族です。ヘブライ人は紀元前15世紀頃にパレスティナに定住します。このヘブライ人の土地にはペリシテ人と言う異なる宗教の民族が勢力を拡大してきて、イェルサレムを王都に国家を形成しはじめますが部族対立の結果
、北にヤラベアム世のイスラエル王国、南にレハバアムのユダ王国 に分かれます。 B.C.722イスラエル王国はアッシリア帝国に滅ぼされます。ユダ王国もA.D.135には新バビロニア帝国に滅ぼされます。この時ユダの民が反乱を起こしたため多くがバビロンで奴隷にされます(バビロン補囚)。 |
| ユダヤ教による歴史 | ユダヤ教によれば、一部がエジプトへ移住しますが、ラムセス大王の時代に予言者モーセによって脱出この時旧約聖書の「神との契約」を行い、「選ばれた民」という信仰につながります。 |
| 自分達の国を失った後... | 奴隷となった彼らは唯一神ヤハウェの信仰を深め、『選民思想(選ばれた民)』ユダヤ教を確立して行きます。後に「ユダヤ人」はユダヤ教を信仰する者をさすようになります。 |
| ユダヤ王国の支配者 | 当時ローマは極めて特殊な宗教民族のユダヤ人を支配するためにヘロデ王を統治にあてていた。ユダヤ人指導者達はローマとの妥協を図り、保身の体制だった。 |
| ユダヤ人民衆の生活 | 重税で生活が苦しいことや、ユダヤ人が何よりも大切にしている 「神とユダヤ人との約束ごと」が、ローマの支配下にあることで踏みにじられることなどから、『反ローマの気運』があった。 |
| 『サロメ』ヘロデの娘の話 | ヨハネの説く『悔い改めよ、天の国は近付いた』は 終末思想と結びつき、民衆の人気を得ていた。ローマへの反乱につながることを恐れた、領主ヘロデがヨハネを殺しイエスも危険人物と命を狙うようになる。 |
| イエスの布教活動 | イエスの説く「神の国」が、ユダヤ人が望む「地上の理想の国」ではないことがわかり、民衆の心も離れて行く。死を覚悟したイエスは精力的に司祭や律法学者などの偽善をあばく。 |
| 『受胎告知』『イエスの誕生』 | ローマ帝国の属国、ユダヤ王国、属州パレスティナに生まれる。父大工のヨセフ母マリア |
| 宗教家へ | 30才でヨルダン川でヨハネから洗礼を受ける |
| イエスが殺されるまで | イエズスがエルサレムに乗り込んだのはユダヤ人がもっとも大切にしている『過ぎ越しの祭り』の直前の日曜日。大司祭を中心とする指導者たちは、『過ぎ越しの祭り』の前にイエスを殺そうと図る |
| 『最後の晩餐』 | 毎週木曜日は師弟が会食をすると言う習慣があった。死期が迫っていることを自覚していたイエスには特別 な会食だった。この時パンを「私の体である」ぶどう酒を「私の血である」と弟子達に与えたことが聖体拝領の始まり |
| 『ゲッセマネの丘』『金曜日』 | その夜、ゲッセマネの丘で父なる神に最後の訴えをし、自分の運命を受け入れる場面
は『人間 ・イエス』を示している。弟子ユダの裏切りで捕らえられ、その夜の内にユダヤ人による裁判、夜が明けるとすぐにローマの総督ピラトに訴えた。 これはユダヤ人に死刑執行権がなかったからで、罪状も「ユダヤの王と称し、ローマに対し反逆を企てた」とした。処刑はその日に行われた。 |
| 『苦痛の道』『ゴルゴタの丘』 | 十字架刑は政治犯などに適用され「あらゆる死の中で最もみじめなもの」とされていた。イエズスの場合は徹夜の尋問、鞭打ち、茨の冠をかぶらされ、十字架(70kg)をかついで、処刑場のあるゴルゴダの丘を登らされた。 |
| 『聖なる十字架』『聖血』『聖骸布』-聖遺物 | 十字架刑は生身の人間の手足を大きな釘で打つ付けさらしておくと言うもの。体力のある者ほど長く苦しむ。刑の執行にあたったローマ兵士は哀れに思い、イエズスの右わき腹を槍で突いて出血多量
で少しでも早く死ねるようにした。 そのため半日くらいで絶命した。 |
| 『復活』『マグダラのマリア』 |
翌日は『安息日』で何もしてはいけないので、三日目の日曜日に遺骸を拭き清めようと、マグダラのマリア達が墓へ行ったが遺骸に着せてあった衣が残っているだけだった。 |
| 聖マタイ | 天使 | 福音書『マタイ伝』 | ![]() ヴェネツィアの守護神は聖マルコ。 ヴェネツィア共和国の旗にも、町中に羽根のはえたライオンがある。 ヴェネツィア以外の都市でこのライオンを見つけたらその都市はヴェネツィア共和国の支配下にあった歴史を持っているかも。 |
| 聖マルコ | 翼のあるライオン | 福音書『マルコ伝』 | |
| 聖ルカ | 牛 | 福音書『ルカ伝』医者 | |
| 聖ヨハネ | 鷲 | 福音書『ヨハネ伝』 | |
| キリスト | 丸に十の字の光背 | *聖人・天使は丸だけ | |
| ユダ | 革袋・倒れた塩入れ | 裏切り者 | |
| 聖ペテロ | カギ | ||
| 法皇 | クロスしたカギ | ||
| トマス | キリストの傷に指を入れた | 不信 | |
| マグダラのマリア | 長い髪と香油壷 | ||
| 父なる神 | 手、 | ||
| 精霊 | (光を放つ)ハト | ||
| 復活したキリスト | 手足、わき腹の傷 | ||
| 受胎告知 | ユリ、(花) | ||
キリスト教徒がローマで迫害を受けたわけ。
| 国名 | 信仰の対象 | 多神教・一神教 | |
| ローマ帝国 | ユピテル神/皇帝も現人神 | 多神教 | 神話の中に組込んで行く |
| ギリシア | ゼウス | 多神教 | |
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エジプト |
イシス神 | 多神教 | |
| オスマン‐トルコ/アラブ | イスラム教徒(旧約聖書+コーラン) | 一神教 | |
| ユダヤ教 | (旧約聖書+タムルード)「選ばれた民」 | 一神教 | |
| キリスト教 | (旧約聖書+新約聖書)「隣人愛」 | 一神教 |
ローマ帝国はローマの神々の信仰を国教としていた。
また、エジプト起源のイシス神やシリア起源のミトラ教なども帝国内に拡がっていた。
征服した国の神々も全て受け入れる政策をとっていた。これらはもともと多神教なので
ローマの神々や皇帝もあわせて礼拝することは、受け入れやすかった。
しかしキリスト教はヤハウエを唯一絶対の神としてそれを受け入れない。
このことが、権力側から危険視された。
一方イスラム教徒は同じ「啓示の神」(旧約聖書は共通)という立場から極めて寛容な政策
をとっていた。十字軍の遠征は教徒を助けるのが目的ではなく『聖地』が目的だった。
キリストに関係する『聖地』(新約聖書)は、イスラム教徒には無関係だった。
| イエス・キリスト十字架に架けられる | 30 | |
| 12使徒による布教活動 | ||
| イズミール(現トルコ領)近くで聖母マリアが死去 | 40 | |
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パウロ大伝道旅行に |
51 | |
| パウロ、初代教皇聖ペテロ処刑。 多くのキリスト教徒がカッパドキアなどに逃れる |
64 | ネロ皇帝のキリスト教徒迫害が始まる。 ローマの大火 |
| キリスト教徒に対する最後の大迫害 | 308 | ディオクレティアヌス帝「皇帝=神の子」 |
| ミラノ勅令:キリスト教を公認 | 313 | |
| ニケ−アの公会議 | 325 | 教義統一のための宗教会議 |
| キリスト教を国教化。聖職者の階級制、平信徒の区別 | 392 | テオドシウス帝。異教禁止令「オリンピア競技」も閉幕 |
| エフェソスの公会議 | 431 | |
| カルケドンの公会議 | 451 | |
| 聖像禁止令 | 726 | 843年のコンスタンティノープル公会議まで |
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