| 神辺黄葉山に聳える「神辺山城」 第24郭跡(現歴史民俗資料館)より北方の眺望、真正面は中条・加茂の山脈。 |
訪問DATE: 2008 12 23 ![]() |
![]() |
| 「神辺城」(黄葉山△328.5m) 神辺城の郭群は四箇所に分かれ、合計25が確認され ている。第1郭(本丸)には南下に2段、東下に1段の石 垣が残りその南東下部は毛抜堀(けぬきぼり)を穿ち尾 根筋が断ち切られている。現在6棟の建物跡や井戸・石 垣などの遺構が発掘されている。駐車場の案内版説明 によると、『別名は「道上ノ城」とも呼ばれ元弘の乱で戦 功をあげた朝山景連が備後国守護職に任じられ、建武 2年(1335)築城したと伝えられる。以来神辺城は備後国 の守護職の居城として使われ、仁木義長・細川頼春・高 師康・上杉顕能・渋川義兼・山名時義が守護となり一時 期を除き山名氏の備後支配がつづきそれぞれの守護代 が居城した。 戦国時代には杉原理興・平賀隆宗・杉原 盛重・藤井皓玄・毛利元康が、江戸時代には福島正澄 ・水野勝成が入城し、この間幾度も改築が行われ福島 時代に完成をみた。元和5年(1619)の水野氏が福山城 築城の際には、神辺城の櫓楼や門などが取り壊されて 移築された。実に285年もの間、神辺城は備後国の中心 的役割を果たしてきた城である。 神辺町観光協会』 絵には天主一番櫓以下、玉櫓・塩櫓・荒布櫓・人質櫓・ 乾櫓など、、合計13の櫓が描かれている。 |
|
|
2009/06/27 Created 「神辺城変遷記」サイト検索Hit → 杉 原 勇 三 氏(高知市)、昭和41年(1966)2月とりまとめ。HP |
位置図:福山市神辺町(黄葉山) <陶山一族関連サイト内・リンク> 鳶ノ子城跡 → ClickHere 笠岡市 有田 → ClickHere |