
| 地域名 | 城址名 | テーマと内容 | 日付 |
|---|---|---|---|
| 笠岡古城山 | 笠岡城 | 笠岡市民にとっていちばんポピュラーで見慣れた厭きない城です。 | 2008/05/31 |
| 笠岡西浜 | 陶山城 | 陶山一族の居城、家紋「すはま」の原型といわれる行者山三連郭 | 2009/07/31 |
| 笠岡笠岡 | 笠岡山城 | 室町時代に陶山藤三義高が笠岡山(竜王山)に築城したという | 2008/05/06 |
| 笠岡有田 | 在田城 | 標高24m築城は文政年間、陶山氏との姻戚関係にある小見山氏 | 2009/04/15 |
| 笠岡有田 | 入田城 | 神之峰と尾根続きの東峰△150mに在り。伝承のみで文書確認中 | 2011/05/05 |
| 笠岡篠坂 | 仮名澤城 | 標高150m城関山、城主は橋佐渡守悪五郎勝信で陶山氏縁戚あり | 2008/07/02 |
| 笠岡大 | 大橋山城 | 別名葦浜城・芦浜城、城主は高田氏、築城年不詳、標高57m | 2008/07/09 |
| 笠岡追分 | 鳶ノ子城 | 標高145m、城主は陶山氏or小見山氏。下追分団地より木野山へ | 2009/04/03 |
| 笠岡茂平 | 高丸城 | 小平井城主渡辺杢之丞正の小平井城の支城だといわるが、、、、 | 2009/05/21 |
| 笠岡用之江 | 森山城 | 用之江森池南の標高114m丘陵、城主陶山義高が直冬先鋒と交戦 | 2009/04/18 |
| 笠岡広浜 | 広浜城 | 「萩藩閥閲禄」によると城主は毛利麾下小寺十郎左衛門尉とか | 2009/05/19 |
| 笠岡園井 | 園井城 | 鳶ノ子の北側、城主不詳。現在は市の送水用清水タンク2基あり | 2009/04/26 |
| 笠岡茂平 | 前影山城 | いわぐろやま城、茂平岬の山上からの見張城、大橋山城の支城説 | 2009/05/22 |
| 笠岡山口 | 馬鞍山城 | 笠岡村上の北進に備え築城。第五代城主小田政清が築城す | 2009/09/05 |
| 笠岡横島 | 鳴ケ端城 | 横島から小黒崎に伸びた岬にあった。陶山一族の築城、後村上氏 | 2009/04/02 |
| 笠岡新賀 | 諏訪山城 | 別名大間城(だあま)標高40m、小田氏の支城で萌黄原合戦の砦 | 2009/04/06 |
| 笠岡山口 | 政所山城 | 標高60m、諏訪山城と向き合う小田氏の西限の要塞。登頂不可 | 2009/04/06 |
| 笠岡北川 | 折敷山城 | 標高65m、別名有江城・有岡城、天文年間、有岡新之丞が在城 | 2009/04/06 |
| 笠岡神島 | 小見山城 | 標高92m、別名神島内浦城、城主は小見山三郎。七面神社を祀る | 2009/04/18 |
| 笠岡神島 | 大道城 | 神島〜高島の黒土瀬戸を眼下に見張る山城。35札所清瀧寺が建 | 2009/04/18 |
| 笠岡神島 | 福浦城 | 標高111.8m小見山城との連携をおもわせる立地である。城主不詳 | 2009/04/18 |
| 笠岡神島 | 鳥越城 | 神島瀬戸高台、標高25m地元でかもんと呼ばれ村上氏の支城か | 2009/04/18 |
| 井原下稲木 | 匠ケ城 | 城主は陶山八郎吉次。六波羅勢に加担、番場で割腹自決。120m | 2009/01/19 |
| 井原出部 | 荒神山城 | 正確には「戸木荒神山城」124mで弘治年間伊達大蔵が在城した | 2011/02/03 |
| 井原木之子 | 才崎城 | 木之子の二城。才崎城は渡部氏、三輪崎城には馬越氏が居城す | 2010/08/24 |
| 井原川相 | 中山城 | 城主河相豊前守行重が築城、その子高列も居城。芳井北方要害 | 2010/08/24 |
| 井原芳井 | 正霊山城 | 藤井皓玄居城、吉井、標高50m、頂上には聖霊神社が鎮座する。 | 2009/03/17 |
| 井原高屋 | 高屋城 | 石谷集落を見下ろすように築かれた藤井賠玄の出城、標高255m | 2009/03/29 |
| 井原荏原 | 高越山城 | 伝北条早雲誕生の城、代々伊勢一族が居城。頂上付近まで車可 | 2009/03/13 |
| 井原西江原 | 亀迫城 | 毛利元清家臣宍戸安芸守の居城、毛利東進の拠点として機能す | 2010/05/22 |
| 井原大江 | 滝山城 | 「三郡山城」備中国小田郡・後月郡・備後国安部郡の郡界の要塞。 | 2009/10/31 |
| 井原坂本 | 有井城 | 藤井皓玄の居館跡、父好重の時代の完成。神辺落城後攻め落ちる | 2010/05/20 |
| 坪生仁井 | 仁井山城 | 陶山氏の家臣仁井氏の城で仁井太郎吉近以下四代つづいたという | 2009/02/25 |
| 坪生西池平 | 西山城 | 別名池原城、神原城。神原氏or西山氏の居城で南北朝時代山城。 | 2010/06/15 |
| 坪生山の奥 | 坪生要害 | 天文十六年(1548)大内軍陶晴賢の配下に小早川隆景初陣、布陣 | 2010/06/15 |
| 備中里庄 | 鳶ノ尾城 | 虚空蔵山東南の支脈開基は大内氏、井上伯耆守忠春の居城。 | 2009/02/11 |
| 備中鴨方 | 鴨山城 | 細川道董最後の居城。標高168.2m鴨山の頂上、南麓には長川寺 | 2009/11/25 |
| 備中寄島 | 青佐山城 | 細川道董最初の居城。標高△249m、開基は安倍晴明by備中府誌 | 2010/12/06 |
| 備中寄島 | 龍王山城 | 道董が青佐山城から移り住んだ城。南北朝時代は頓宮又次郎城主 | 2010/01/10 |
| 備中玉島 | 畑山城他 | 畑山城、森本松山城、亀崎城、要害山城など柏島〜甕泊近隣古城 | 2010/01/10 |
| 備後神辺 | 黄葉山城 | 天別豊姫神社を祀る神奈備山に築城、歴代山名一族・後に毛利家 | 2009/06/27 |
| 備後神辺 | 遍照寺山 | 安原氏の居城、神辺一帯を眼下にのぞむ眺望は絶景。瀬戸内海も | 2009/04/29 |
| 備後神辺 | 鼓ケ城 | 南北朝時代に鼓覚弁が居城。三方は山に囲まれ前面は池堀あり | 2011/11/27 |
| 備後大門 | 明知山城 | 元徳二年(1330)頃飽浦(あくら)四郎左衛門、後河野光重が居城 | 2009/07/10 |
| 備後大門 | 枝廣城 | 揚知山城とも云。大永年間(1521-28)岡志摩守景勝が築城。 | 2009/07/24 |
| 備後引野 | 矢崎山城 | 五箇手嶋の城のひとつ。塩飽水軍の塩飽帯刀光政の居城。 | 2009/11/06 |
| 備後引野 | 塩出城 | 伊勢の人、四王天(しおで)伊勢守が在城、時代は室町初期。 | 2010/05/18 |
| 備後能島 | 能島2城 | 沖之城と中根城。共に城主は大≠ノある大橋山城の家老能島氏。 | 2009/08/04 |
| 備後深津 | 王子山城 | 福山市内、深津城とも云われ毛利元清の居城。現在王子神社。 | 2010/01/23 |
| 備後熊野町 | 一乗山城 | 渡邊兼が文明から永正年間(1469〜1521)に築いた城と伝える。 | 2009/08/26 |
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| 2009/04/27運用・公開開始(Trial) |
| 中世山城解説記事 山城は標高4百米内外の山頂に在って、主要道路・海路を見渡せる眺望の利く地点を中心として、山地を削平し区画(曲輪)を配置した。その配置(縄張り) の形状から連郭式・円郭式・輪郭式・並郭式・梯郭式・階郭式に分類される。当時の山城は「土を掘り、土を盛る」のが基本の城づくりであり、全国に残る山城の数は約4万、 岡山県下では約6千城あると言われている。(「鴨方町史」より) |
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