Page 14

NOW 2010/11/26 笠岡市笠岡(西本町) 天~社境内から金崎山への小径を入る
BEFORE
 
 写真中央が笠岡古城山公園(吸江山)を眺望する位置からの写真。
右端の昭和40年頃の笠岡の町並み写真には伏越から大磯にかけての海岸線がはっきりと写っている。
左端の「↑笠岡山三郎丸伝承地」と書かれた案内表示は小径の40年頃の写真の反対側にあった。
笠岡山とは、14世紀の室町時代に時の笠岡村の第20代領主、陶山藤三義高がイオスナにあったとされ
る「洲山城」を笠岡山に移し、笠岡山城と称した。
現在は龍王山と峰つづきになっている金崎山のことであろう。ちなみに曹洞宗威徳寺の山号も笠岡山だ。

昭和40年代の写真の意味は今よりも更に、笠岡市域の全容が眺望できる状態にあること。
そしてもっと重要なことは市域のみならず海上の様子も瞬時に見えているという立地条件だ。城に近づく
敵舟の様子が手に取るように分かる。物見場がこの山上にあって、24時間体制で四囲の動向を見張って
いたことであろう。昭和40年代の写真はそんな情景を彷彿とさせてくれる。
笠岡山城の三郎丸とは城郭のあった削平された場所を連想するが、Kさんに伺ったところではこの標識か
からは登れないとのこと。相生墓園までクルマで登り、八大竜王社とは反対方向の山を越えるべしとの事。
資料出処:西本町「天~社」屋外展示場
 天~会世話人Kさん所蔵の歴史写真集より

 ↑写真クリック = 展示場風景

神社境内の限られたスペースを利用して、笠岡市街
地の江戸時代絵図から明治〜昭和にかけての資料
が展示されています。
この写真は金崎山(威徳寺の裏山)山頂から撮られた
ものでしょう。現状位置よりはかなり眼高があるかんじ

 <この写真の展示場所への道ゆき>
 笠岡市内西本町にある威徳寺の隣、天~社の境内
から天~川を西に渡った小径の脇に展示されています。
金崎からの笠岡市街地風景
  西本町天神社の氏子天~会Kさんの個人所蔵歴史写真展より
ホーム 次へ











image0000.jpg





















2010/12/05