惣堂神社
  
枝廣城主 岡志摩守景勝を祀る社
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福山市大門町 烏帽子山東小丘に鎮座
 五箇八幡神社の大門町烏帽子山の北の小丘に「惣堂神社」が鎮座する。神霊として枝廣城主であった岡志摩守景勝が祀られている。
59段の石段を上ると間口一間、奥行一間、5坪の拝殿の正面に出る。(この写真のとおり)
往時、この境内には古松が繁り、その松に舟を繋いだという。
大門町誌によれば惣堂神社は宗道神社とも云われていたそうだ。岡志摩守景勝がこの地に築城したのは大永年間(1521-28)とされ、
天文年中(1532-1555)には伊豫国から河野行部左衛門光重が突然攻め上り合戦となり、枝廣城は落城、城主景勝は討たれたのは9月
1日だと伝えられる。 引き算をすれば10〜max30年というごく短い期間である。
 短い統治期間であったが岡志摩守景勝の遺構として地元にその名を留めている施設はこの惣堂神社と他に上之坊がある。
正式名称は別所山阿釈迦院西光寺上之坊で、草戸明王院の末寺であり別名瑠璃堂ともいう。天文3年3月、景勝が建立と伝えられる。

また一説では
大悲山真明寺は、大門城山の南麗に在り。真言宗明王院の末寺なり。明応九年(1500)岡志摩守、又は松田次郎元真の
建立ともいう。松田次郎元真は、備中大下村高田河内守の家臣ともいう。」
 この説の出所は『東谷公民館新築記念(昭和52年6月)「ふる里のあゆみ」』からの引用である。
同じ町誌であっても岡志摩守景勝が城主になった時期に二十余年の差違がある。
備中大≠フ高田河内守の家臣・松田次郎元真が真明寺の創建だという説も興味が湧くが、真偽の確認ができない処がまた面白い。


                                                    位置図: 福山市大門町大門486
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