| 大島鳥ノ江・夏目地区の「かなまら神社」 瀬見戸を望む丘陵に鎮座、創建は明治初期の男根信仰 |

| 2010/10/02訪問 泌尿系患いに霊験あらたかな社 |
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| 小祀の正面の扉は閉じられて施錠されている。 御神体は金磨羅さま? 周りにはディル土の焼き物がゴロゴロと供えられ、おまけに金網で囲われていた。旁らの案内板は写真のとおり折り曲げられて落ち葉に埋もれ、汚れが ひどく読みづらくなっている。訪れる人の足が遠のいている証しであろう。 「かなまら神社」の由来 さだかではないが、土地に残る伝説によると、明治初期に当地の高田清治郎が鳥取県の根雨(ねう)から分神を戴き現地に祠を建てお祭りしたのが始まりで す。この道ばかりは何とやらで遊んでは、その印として下の病をもらっていたようで、一度この病に罹ると今日のように良薬もなく、ただ成り行きに任せるしか なかった時代で、男性は下の病などさ程にまで気にしてなかったようですが、女性は場所だけに病に罹ると羞恥心で一人で悩んで、ただ神仏に縋るしかない と考え、当神社に多数お参りがあったようです。その証拠としてごく最近までお礼参りに供えた年代付の男性の陽物、女性の陰物のノボリ、大願成就の布が 数多くお供えしてあり、当時は女性のお参りが大勢あったことが伺はれます。以前は御礼のために奉納した陽物が沢山ありましたが、今はその数も少なくな りました。一説には子宝に恵まれない女性が男性の陽物を戴いて帰り抱いて寝ると子宝に恵まれるとの事で、形のよりものから次ぎ次ぎと持ち帰えられその ままになったのか、収集家等が参拝記念として持ち帰ったのか、立派で見事な陽物もありましたが、長い年月の間こわれたりしてその数も数える程しかあり ません。寝小便はもとより「おしっこ」だけは仲々云えぬ子供に困った親御が子供を連れてお参りしたところ不思議なくらいお陰をいただいたと、また冷え性の 人もお陰を頂き御礼参りに来られた方もおられます。この社の分神として遠くは四国の方にも伝わっているようです。 昭和六十二年二月 鳥ノ江、夏目老人会 |
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位置図: |