2008/07/09 Wednesday 
 @枚目:用之江から金浦への濱街道をのぼる。JR山陽線の線路寄りに右手にみえてくる小山が「大橋山」だ。
 A〜B枚目:濱街道がJRを跨いで大橋山沿いに吉浜へ伸びる手前を山に入る。 Cここが上り口、右斜面で畑仕事を
 していた女性に話を聞いた。「30〜40年ほど前、大雨が降って山崩れがあった。頂上は2軒が別々に畑をしてたが、今は
放置されている。その雨の日、頂上から土石流が発生、うちの畑に大量に流れて畑が埋もった。その時、土の中から素焼き
の土器が出た。城山という地名は今も使っているが、お城がここにあったことは知らなかった。」彼女の家は50mほど南に
一山離れて頂上に建っていた。地名は「大歳」(ださい)、ここからの眺望は開けている。→写真E枚目
頂上は平地になっているが、雑木が茂り視界を遮って、東・南・西の三方はさっぱり見えない。写真D
南への眺望はひらけてはいるが、山ばっかりで、大歳の方角(南)から城址をみると、写真F〜Gのとおり。
畑仕事の方は井原から嫁ぎ、未だに現役、斜面の畑地の移動も実に軽やか、背中もまっすぐピンとして溌剌だった(s5生)。
サイト内リンク:大橋山城訪問記(2)09/04/19  高田一族の消息(「よしはま物語」より引用)
室町時代の山城「大橋山」城址
大℃噤u城山」に在り、茂平字小屋の頂には支城「いわぐろ山城」あり
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