備中国小田郡有田「入田城」△150.0m
 広域農道「備南街道」を見下ろす位置に聳える。入田は城趾の北東部
訪問DATE: 2010 12 01 

「写真は笠岡から井原への県道34号を東大戸から左折、有田へ向かう入田付近。


ゆっくり走ろう「備南街道」
(掲載のWebページより抜粋)
 
岡山県下の数ある広域農道のひとつ。昭和45年以降
基幹的農道として農林水産省補助事業が制度化されて
この農道が整備されてきた。
笠岡市から真備町(現倉敷市)を結ぶ延長47Km、受益
面積4,660ha 北幹線幅員6.5m/南幹線幅員7.5m。
備南街道という呼称は平成二年四月に一般公募により
命名されたもので、当時このルートの外にも②星のさと
街道(川上~矢掛)③かぐら街道(成羽~高梁)④木山
街道(勝山~落合)⑤奧吉備街道(北房~建部)⑥吉備
高原街道(賀陽~岡山)⑦美作やまなみ街道(吉井~
津山))⑧作州街道(久米南~勝田)⑨千両街道(玉野
~岡山)など。
主要作物 水稲、桃、ぶとう、はくさい、牛乳、卵。

 西側の始点は笠岡市用之江と有田の二箇所から東
へ延びている。但し手元の道路地図には備南街道とい
表記は部分的に点在し、県道と重なって定かに非ず。
ま、余談ではあるが、、、、、これも又よく判らない。

2011/05/05 Created
 
 陶山氏の支城との伝承 「m-9年 皇国地誌」に「城主瀬早弾之助通行、陶山八郎義治ノ家臣建武中ノ人ナリ」
 
 備南街道を南に見下ろす標高150mの尾根。
中央に聳える尾根上に「入田城」があったと、陶山顕彰会の惣津さんに教えていただいた。文献資料は現座、確認中。
入田城とは云うものの、行政区画では有田の領域に入っている。入田側でこの城趾を訊ねてみたが、知った方はいなかった。
状況証拠に過ぎないのだが、
1-陶山・小見山氏の築造の土塁が残る標高△202.3mの神之峰の尾根続き連峰であり、有田城
  から直線距離では1,1250mしか離れていないこと。
2-有田から大戸へ抜ける基幹道を見下ろす絶好のロケーションに在ること。
城といっても中世の城郭は見張り所であり、この城趾もそのための施設であったと思われる。
入田村への道は頂上から真北に向かって入田東ノ奧・東谷へのルートだが、とても歩ける径はないだろう、と地元の方から伺った。
入田には射場山、的場、峠ケ市、平ケ市などの城下にちなむ字名が残っていることから、城主の居館は入田側にあったと想像でる。
有田側の小字は宮ノ峠、西後ケ平、東後ケ平、鏡ケ窓。城趾にはつきものである鎮守の宮があった名残かも知れない。

 伝承と地図を頼りに城趾らしき周辺を巡ったに過ぎない。
頂上までの道行きも不明。具体的な文献資料等、ご存じの方のご教示を。


位置図: 笠岡市有田宮ノ峠

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