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真鍋島走り神輿(page2)


2008/05/04 (御旅所へご安置) ⇒ 島弁食って午後より高速艇にて六島に渡る。

地名考

 皇国地誌(明治9年(1876年)):真鍋村
往時元和年間(1615-1624)徳川氏家宰小堀新介来ッテ之ヲ管治ス 其ノ後池田備中守ノ領地トナリ元禄元丑年ヨリ同十丑マデ備後国福山城主水野美作守ノ領スル所トナル、同十一寅年ヨリ又幕府ノ支配トナリ降ッテ明治元戊辰年徳川氏大政奉還ノ際藝侯ノ鎮撫スル所トナル 同年七月倉敷県ノ管轄ニ属シ明治五壬申年小田県ニ合併セラル 同八年十一月岡山県ノ管轄ニ帰ス

人数:戸数491戸 男千百四十六口 女千百八十二口 総計弐千三百弐拾八口
舟車:日本形船 5百~百石積 七艘、百~五十石積 二十九艘、五十以下 六十六艘、漁船 二百三十四艘

社寺:八幡神社 拝社地東西二十五間、南北拾間、面積八畝拾歩 本村ノ中央ニアリ、祭ル神応神天皇当所ノ氏神トス
    円福時   真言宗笠岡遍照寺末派ナリ 開基建創詳ナラズ

景色考

 「走り神輿」の起源は、元禄9年(1696)八幡神社開基のまでさかのぼり、300年以上もの歴史を持つ八幡神社の旧暦の8月15~16日に行われていた秋の祭礼行事。
法被にふんどし姿の若者たちに担がれた3台の神輿が豊漁旗をなびかせた舟で本浦港に到着後、猛烈な勢いでお旅所に走り込み、神事の後3台の神輿が速さを競いながら激しい練りを繰り返して本浦地区を回る。翌日は間部を練りながら神社へ還御し、豊漁を祈願して祭りがおわる。
最近では神輿の担ぎ手と運営関係者の確保のため平成17年から5月のゴールデンウィークに日程をしている。(保存会会長 井本さん談より孫引き↓)
本祭りは、神輿に神様をお乗せする神事を行ってから、岩坪港から本浦港まで船に神輿を乗せて海上を渡御します。それから、島内の道路で神輿を走らせて競争してから、その日は神輿を御旅所に安置します。翌日はお帰りで、一晩御旅所で過ごした神様をお戻しするために、八幡神社に向けて再び神輿を走らせます。

神輿3台の理由
 各神輿には、祭神の八幡様、八幡様を護衛する山の神様、荒神様の3神にお乗りいただきます。そして、島内の岩坪、本浦東、本浦西の3地区がそれぞれ1台の神輿を担ぎます。神様の順番は先頭に山の神様、真ん中に八幡様、最後に荒神様と決まっていますが、担ぎ手の地区は毎年変わります。不思議ですが、神輿を担いだ者たちは、八幡様が乗っている神輿は他の2台より重く感じると言います。それも神様にお乗りいただいてからの方が、練習で担いだときよりズシッとした重さを感じると言いますね。私も10年以上担いできましたが、毎回そんな感じを受けました。

輿守(担ぎ手)構成
 約100kgの神輿を8人で担ぐのですが、「走り神輿」の神輿は手と腰で持つので、肩で担ぐよりも走るのが難しいのです。早く走らせるには、8人の輿守が息を合わせることと、輿守の背丈をできるだけ揃えることがポイントです。
輿守の配置も重要です。8人いる輿守は担ぐ位置によって役割がそれぞれ異なります。神輿の前後について神輿をコントロールする役が本かじ、相かじです。ここの息が合わないと気持ちよく走れないので経験豊富なベテランが担当します。実質的に神輿の台を支えるのは七人力(しちにんりき)、相力(あいりき)、宮めぐりと呼ばれる役割です。七人力は、7人分を1人で受け持つという意味から付いた名称で、昔、潮の引いた海岸を走っていた頃には一番力のかかってくる位置だったため、今でも一番力の強い人間が担当します。七人力、相力、宮めぐりがバテてしまうと神輿が走りませんので、そこを若い人に受け持たせるのも、早く走らせるコツです。

No. 表題 Title  内容 Contents
005 八幡神社から岩坪港まで神輿は走る
   
先導する二名の若者が手に持っているお面は天狗面。

この顔はまぎれもなく猿田彦命だ。
神が高天原へ天神降臨されたとき、天界から地上への道案内役を担った神が猿田彦命。

日本ではこの神が天狗となった。


 岩坪港の岸壁には大漁旗と竹の葉で圧化粧した2艘の漁船が待っている。
006  
港で神々が舟に乗る。

一艘の船ではなく二艘の舟が抱き合うように一体化して神を迎える。

この御神輿が天から地上に降りて来るのに二艘の舟を使うのは国生み神話の男女一対で神が人に宿って地上へ現れるさまを模しているのかも。

岩坪港から本浦港まで2艘の漁船はお神輿を載せてゆっくりと航海する
007

本浦港に舟が着く。

神輿が陸にあがると子供たちが棒を使って地面を打ち鳴らし、踊る。


地上へ降りる合図だろう。
天界から地上へ落ちる落雷を模して大きな響きを踊りに込めているように見える。

008
本浦港にあがって、町内を走る

本浦の町並みを神輿が走る。

猿田彦を先頭に、日の丸の扇を持ったリーダーが煽る。


神輿は港の広い道から直角に折れて御旅所への路地を入る。
カメラの砲列ができて人垣が動く。

港から御旅所まで最後の走り、3連走
 
009
写真を整理しながら気づいたこと。

この社の宮司さんは女性だ!

烏帽子は被ってはいないが紺色の差袴と紫の袍を着て手には笏をお持ちだ。


御旅所へ神輿が走る前に、金幣をさげた氏子総代風の地元重鎮を率いて行列の先頭にいた。

(↑確かめていないので間違っているかもしれない)

 ↓

その写真=click 宮司さん
      世話役の総代さん