遍照寺の移転(by駅前区画整理事業)
 遍照寺のかつての末寺は次ぎのとおり。
(笠岡)光明山西明院、同吉祥院、同南
昌院、同観照院、同地福寺、仏性山海蔵
寺=大仙院、西明院末寺月性庵、阿弥陀
山正福院(園井)、伝証山長寿院高称寺(
吉田)、鳥羽山長法寺(大井)、神島山安
養院(神島)、青島山自性院(同)、月照山
日光寺(同)、教海山開竜寺(白石)、福厳
寺(北木)、円福寺(真鍋)、三部山霊山寺
(里庄)、不動院(同)、小田原山教積院(
有田)、三宝院(篠坂)、西楽寺(坪生)、正
堂院(同)、蓮乗院(八尋)、大覚寺末西光
寺(稲木)、明星寺(大江)以上25寺
 笠岡市は仁王堂の敷地2,883M2を買収。
延べ1,325M2の建屋は移転、報償費4.6億
代替西の浜造成用地は5,118M2(1.5千坪)
大師堂・仁王門・鐘楼は移転、本堂と庫裏
は新築とする。ただし、多宝塔と銀杏の木
は当面現状のまま保存となった。
 2008/05/連休が終わった頃 多宝塔を手放し、移転先西の浜の埋めたての広大な用地に建つ遍照寺をはじめて訪問。
14世紀のむかし、五ヵ寺の塔頭と二十四力寺の末寺を従え、嵯峨・大覚寺派の中本寺として中央との強力な 
パイプを持つこの真言寺の存在は笠岡が陶山氏によっての城下町誕生から昭和の終わりまで笠岡の中核であった。
仁王門にたったとき、ひとりのおばあちゃんが自転車で御参りに訪れた。 仁王さんに手を合わせて本殿へ進んでいった。
 広い境内は露地で綺麗に掃き清められいた。願わくば、もっと緑を!霊場には森閑とした霊木の杜が似つかわしいと思う。
☆2010/04/25 関戸花繰峠に在ったという遍照寺跡を探すClickHere
光明山遍照寺 門前町笠岡の中核寺
仁王堂と多宝塔と祈りと繁栄と
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