
2008/04/01 より気ままに独りでわぉ〜くしています。
図書館で「笠岡市史」(全4巻)を読む(2008/04/01〜)
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自分が今住んでいる土地の過ぎ去った時間の考察。
遥かむかし、いまから3,500年前の縄文の時代に笠岡(市内)の西大島名切津雲という場所に定住をはじめた人々がいる。瀬戸内海の海岸線はいまよりもずうっと内陸部まで迫っており人々の住居は現状より十数メートル高い土地にあった。笠岡市史に記述されその場所までの道行きを地図で調べ実際に自分の目で見た史跡の大半は小高い所にあった。
歩いてみるとカサオカの響きにはかぶり笠のような高くない岡、標高200M前後のなだらかな丘に海が注ぎ込んでいて丸い丘(笠型を形成)の国ですよと語りかけにうなづいてしまう。
時代がくだって文字資料が残る8世紀以降の資料からは甲弩の地名記載等の確認ができ市内各所に現存する神社の縁起もあらわれてくる。
笠岡市史(地名編)by石田 寛氏監修 「地名は地理・環境・自然と住民との取組みの反映である。、、、、小丸・丸山・小丸山・小山・岡・小山・佐山などの小さい山からの命名が多いのが笠岡地方の特徴である。、、山は高きがゆえに尊からず、歴史の刻印があり祖先の生活のにじみこんだものが尊いのである。」(←この行は本書からの抜粋) 命名の語源をいろんな切り口に分けながらの考察で非常に面白い。古くは「和名抄」(承平年間
(931年-938年)
勤子内親王の求めに応じて源順(みなもとのしたごう)が編纂した地名に関する辞書)の時代から記載されていた土地(甲弩郷・漁渚郷・大島郷)があり21世紀になって開発によりあらたな地名として登録される土地もある。この土地の呼称に刻まれた千年を超える時間を思うとき今という瞬間を生きている不思議さを体感する。
江戸以降の笠岡史:(抜粋)
元和5年(1619年) 徳川家康の従兄弟水野勝成が西国鎮衛の役目を命じられ備後国東南部・備中国西南部の十万石に転封し、笠岡には備後福山藩の笠岡代官所が設置される。
元禄11年(1698年) 水野家5代藩主水野勝岑死去による無嗣除封に伴い、福山藩領のうち現在の笠岡市分の大半は分割され、福山藩領、天領、旗本領となる。
元禄13年(1700年) 笠岡町に幕府代官所が設けられ,以後現在の市域の大部分は幕末まで42代170年の幕府代官支配が行われる。
明治4年(1871年) 明治維新・廃藩置県により福山県に編入、のちに改称され深津県の所属となる。
明治5年(1872年) 深津県と倉敷県が統合し小田県設立。それに伴い、県庁が福山から笠岡に移転。
明治8年(1875年) 小田県のうち、旧備後6郡を除いた地域が岡山県へ編入。
昭和27年(1952年)小田郡笠岡町・金浦町が合併し市制施行。
PCで「笠岡都市計画」地図(全60区分)を調べる(2008/04/01〜)
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遊歩をはじめるにあたり、市内の本屋の店頭で笠岡市内地図を物色した。その結果、買い求めた地図は2点、次のとおりである。 1−都市地図 岡山県4「笠岡・井原・浅口市・矢掛・里庄町」1:35,000
発行昭文社2008年2版2刷 ¥714.- 2−国土地理院発刊の地形図 1:25,000
「笠岡」「福山東部」「神辺」「寄島」 単票もので各@¥270.- ところが、、「燈台もと暗し」、、ネットから笠岡市役所をクリックして、「都市計画図」なるものを発見!縮尺も3種類ありいちばんの接近倍率は1:2,500。 細い道路もちゃんと拾って、この地形図がいちばん使い勝手がよく、すこぶる有益でした。
市の公開ダウンロードサイトはこちら-------→笠岡市都市計画図 市のサイトからダウンロードしたPDFをJPGに変換しました。置き場はこちら---------→ 笠岡都市計画図JPG
| 遊歩だいありー(自分の脚で笠岡の径を歩く(2008/04/01〜)) |
車から降りて自分の脚で歩く舗装の道は騒音と排気ガスが充満し、それはそれは直射日光の照り返しがきつく起伏に富んだ負荷の多い仕事です。でも、表道路からわきの旧道へ入るとみちの両側から雑木が生茂り自然の木陰があって、時折木々を吹き抜け新緑を揺れらす5月の風は爽やかでした。畑仕事の農家の人々の姿は眼にしても往来を歩いてすれ違う人との出会いが皆無なのは寂しいかぎりですがそのぶん歴史の痕跡の出会の感動と歩きによって体感する景色と空気に癒されて心地よく思います。
茂平道わぉ〜くからはじまりました:
| 遊歩のみちじゅん |
時期 |
なりゆき |
ほそくの蛇足説明 |
| 茂平の石造構築碑さがし歩き |
2008/04/01〜05/05 |
城見台の団地から茂平を眺めるとニッポンの里山風景が展開する。丘陵の傾斜地に桃花が咲始めピンク色に誘われてWalkを開始した。
八幡宮,塩崎神社,友愛碑,護岸工事碑,戎神社,功労碑,龍王神社,砂川改修工事記念碑 |
城見台の造成前行政区画は茂平ではなく用之江だとのこと。 |
茂平に点在する池さがし歩き
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2008/05/06〜 |
茂平には地図に載る橋が一本だけある。が、ちいさい水路が縦横に走っていてその水路をたどって歩いていけば上流には池がある。この池を抱く土地(子字)は水系も完結した地域だ。 |
堂面にある池はいま付近を造成中、水も濁って瀕死状態にみえた。 |
| 用之江の菅原神社(用之江) |
2008/05/03 |
用之江は備前福山との国境の村で入り口には古えの道標がある。 村中央の南を受けた小高い岡に村社を構え参道脇には金刀比羅宮の常夜燈が建てられている。 |
モチノエの命名は「餅のような小高い丘に囲まれた江」だとか、、、、これだと笠岡はすべてモチノオカになる(w)。 |
大£r周辺散策, 艮神社
大橋山城址, 羽方神社(大) |
2008/05/04 |
大£rは豊かなな水を湛え平成の釣人たちが垂らす釣糸に静謐な時間が漂っていた。ちょうど神社の参道が池に面して北側の吉浜側には海が迫っていたと分かる地形であった。 |
池には大物のブラックバスが棲息しているとか。 |
笠岡諸島の走り神輿と廻し神輿
Video1,2,Pix 六島Video1,2,Pix |
2008/05/04 |
笠岡市観光協会が主催する島おこし観光ツアー。
真鍋島〜六島と1日で2度の神輿見学お得です。⇒で、初参加♪
走り神輿のイベントは天孫降臨を再現しているのでは。 |
真鍋といえば戦国水軍の拠点。六島は県下で最初の燈台設置箇所。共に海上交通の要衝となった島々めぐり |
| 笠岡諸島(白石島)白石おどり |
2008/07/19 |
白石おどり鑑賞ツアー 7/19 画像と動画と島のView |
初めて見ました白石踊り |
| 吉浜の菅原神社(吉浜) |
2008/05/05 |
大£rを巡って丘を降りてくると眼前に畑が開ける。右手に山をみながら道なりに東へ進むと菅原神社の狛犬が右手にみえる。
平坦な道から一直線のなが〜い参道につづくロケーションが特徴。 |
菅公といえば学問の神様なんだけど境内には吉備津彦神社・荒神社・諸神社・厳島神社の別社がある。 |
| 西大島名切の津雲貝塚 |
2008/04/25 |
近くまでは車、位置表示の看板をさがすのに時間がかかった。
すぐ東に原貝塚もあると聞いて尋ねたが、、、、、、 |
2008/04/29 |
| 大磯からの濱街道と徳民於賀神社,明和小作騒動(富岡) |
2008/06/03 |
車を笠岡の街中某所に停めて濱街道を東へとった。
西本町〜石橋町〜八軒屋町〜伏越〜真角〜大磯を経て
富岡の七面大明神へいたるわぉ〜く |
ことしも入梅。雨降りの2国を徒歩で歩くのは飛沫が来るし雨傘で視線がつぶれるし極めてキケン! |
| 笠岡市内史跡の追っかけデス |
2008/06/01 〜 |
笠岡二十勝景図, 古城山公園,同句碑ほか 7/16 「笠岡遊覧恋浮雲」
7/20 「笠岡お夏ケ瀧」7/24 市内寺院一覧8/12笠岡旧地名 |
行き当たりばったり♪ |
| 西浜と書いてイヲスナと読む(金浦) |
2008/06/15 |
古くは⇒「以乎須奈」、漁(いさり)+渚(なぎさ)=漁渚郷(いおすなごう)といった。その後、西濱と表記は変わったが読み方はママ⇒ 町並景色 |
「ひったか」を見にいく予定が今年も見そびれた。来年こそは、、、 |
潮を待ちて渡渉し祭事スル社(やしろ)
葛城宮のある大河(おおこう) |
2008/06/22〜 |
井出池という蓮池を左折して山裾に沿ってあるくと葛城宮が鎮座する(Q:吉田川の源は何処だ!?)⇒ヤッパ吉田村でした♪ |
大雨と遭遇したが、端正かつ荘厳で静謐なお宮である。 |
| 小平井春日宮と毎年水無月に備中神楽が奉納される立石宮(小平井) |
2008/06/23〜 |
市史地名編は「備中古図では小平江、小は接頭語でいささかの意で井も形容詞の語尾の「い」⇒いささか平たい処となる」との記述 |
春日神社の境内にも立石神社在り、小字立石にも在り |
| 八大竜王善社(相生) |
2008/07/03 |
雨乞い神事の残る社 |
雨乞いは岡山県の特徴だとか。 |
| 笠岡最古の古刹関戸寺(関戸) |
2008/08/05 |
ずう〜っと気になる白鳳建築、長福寺古墳の君とはご近所さん? |
現地訪問 2008/05/02 |
| ちょこっと福山(朱雀院久松城) |
2008/07/14 〜 |
笠岡もかって水野家統治の時代があった(1619-1698)『福山市史』 |
干拓工事記録をさがしました |
| 笠岡市内の史跡めぐりワォ〜ク |
2008/05/26〜 |
市内の史跡は広域に点在していることは「市史」からも解る。
手始めに「敬業館」の所在を駅前派出所で尋ねた。位置図は観光協会で入手できると聞き、「いきいき笠岡21」の冊子をゲットした。 |
もらった冊子には市内ウォーキングのモデルコースがてんこ盛りだ。発行は評価推進委員会となっている
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らんだむ Views of steets on Walking in かさおか(撮影の日&場所はまちまち)
| Photo ぎゃらり〜 |
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Date of my Site Updated |
| もびら道 |
2008/04/01 〜 撮影 |
桃の花咲く頃、茂平の郷にはいろんな花が競演となる。
全国的に問題となる竹藪の繁茂、ヒト通りのない竹藪の道あり。 |
2008/06/12 |
| 街かどしょっと |
2008/05/01 〜 撮影 |
あるきながらの魅力的な建物と町なみ風情。
笠岡の社寺いがいの趣ショット。 |
2008/06/12 |
| 田植えの季節、その2 |
2008/06/01 〜 撮影 |
梅雨と田植えが一体感がある景色。大=E吉浜・用之江・有田・陶山 |
2008/06/12 & 06/19 |
| JRのはしる街風景 |
2008/05/01 〜 撮影 |
山陽鉄道(岡山〜笠岡)開通は明治24年7月、福山へは11月 |
2008/06/17 |
| 応神山へのぼる |
2008/07/03 |
笠神社ルート → 頂上 → 大磯六角堂ルート |
2008/07/07 |
| 阿部山山頂付近を歩く |
2008/08/19 |
鴨方ルートから車でのぼり、矢掛分岐よりあるく(安倍晴明伝説) |
2008/09/03 晴明文化講演 |
笠岡著名人点描 Views of portraits for well known peoples in かさおか(選考基準なし、アプローチもまちまち)
| 人物 ぎゃらり〜 |
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Date of my Site Updated |
| 笠岡代官 井戸平左衛門正明 |
2008/07/31 〜 |
江戸享保大飢饉の頃、薩摩芋普及などの善政で民衆から敬慕。 |
2008/07/31 |
| 江戸時代の儒学者 関藤藤陰 |
2008/08/01 〜 |
関鳧翁の末弟、敬業館に学び頼山陽に師事、福山阿部藩に仕官す。 |
2008/08/1 |
笠岡新旧ものがたり Views of Kasaoka before and after かさおか(古い写真のコレクション)
| 古写真 ぎゃらり〜 |
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Date of my Site Updated |
笠岡新旧ものがたり |
2008/09/04 〜 |
もっぱら笠岡図書館の借り出し本掲載の過去写真のPicking Up |
目下ページ製作ちゅう〜upto 2 |
以上、ここから下(↓)はヒトさまのページです(より充実してますねぇ ) ⇒ ここまでのページの筆者への連絡先:BBSです。4649どぞ〜
| 参考に読ませていただいたリンク先(いずれのサイトともコンタクトなし)掲載Onlyです〜 |
サイト管理者のかたがたには関連・参考サイト閲覧に祭しそのご努力に敬意を表し同時に心より感謝いたしております。しかしながら事前リンクの了解はとりつけぬまま勝手にここへ貼らしていただきました。
もしも不都合・不利益等があれば当サイト管理者までご連絡をお願いします。即刻削除させていただきます。
| 笠岡大 |
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| 大≠フ神楽 |
1999/10/09撮影 |
近くの神社で神楽が行われる。 毎年10月上旬の土曜の晩 |
2008/04/29 |
| 式内社 備中國小田郡 在田神社 |
2008/03/13 |
鎮座地は、中世には陶山庄と呼ばれていた場所。 当社には、在田神社と有田八幡神社が祀られている。
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2008/03/13 |
| 笠岡市のHP |
2008/04/25 |
笠岡バイパス |
2008/04/29 |
| 笠岡 |
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案内(Contents) |
親サイト(Parents URL) |
| ぼっけえ笠岡 笠岡百景 |
2008/08/05 |
三笠博道画伯の油絵百景、見事です。笠岡郷土の心 |
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| 吉濱・菅原神社 |
2008/05/01 |
吉浜村の氏神として福山藩主水野勝慶が、この地に創建
眼鏡橋は笠岡市文化財に指定 境内の御手洗池で5月になると名物のカキツバタ千株が開花する。 |
小さな橋の博物館 |
| 菅原神社・笠岡市 |
2008/05/01 |
眼鏡橋とカキツバタで有名な笠岡市吉浜の菅原神社へ行ってきました。 |
未熟なカメラマン |
| 続・笠岡市のはなし |
2008/05/01 |
その名の通り、菅原道真を祀った神社で、延宝2年(1674)、吉浜干拓に伴って生まれた吉浜村の氏神として、福山藩主水野勝慶によって創建されたということです。
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岡山アウトドア読本 |
| 知られざる笠岡 |
2008/05/01 |
絶景。瀬戸内海を四国に向かって飛び石のように連なる島々の自然眺望は心に安らぎを与えてくれます |
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2008/05/01 |
『鳥居をくぐるまでのアプローチのスナップショットからはじまって境内構築物を実にキレイに切り取って写真にまとめたサイトです』 |
midoriのふらっしゅお絵かき展覧会 |
| 岡山県の神社 |
2008/05/01 |
岡山県神社庁は、昭和21年2月3日、全国の神社の総意によって設立された神社本庁の設立を受け、昭和21年3月12日に吉備津神社の社務所を事務所として設立された。
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岡山県神社庁HP
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| 備中笠岡を散策 |
2005/02/28 |
神社・寺・城跡 巡りました。笠岡道の終着点は代官所跡。鴨方往来で鴨方藩そして岡山藩に通じる。石州往来から 海産物運んだ 銀積み出した 港町。 笠岡諸島の玄関口。 |
「ときめき夢見びと」 |
| 備中笠岡北部 史跡と何でも一番巡り |
2008/05/01 |
かさおか古代の丘スポーツ公園(史跡・長福寺裏山古墳群)そして、周辺にある 最古の建造物巡り |
大磯・富岡沿道郷愁風景 |
| 笠岡市金浦 |
2008/05/01 |
このリストは、城下町、宿場町、港町など古い町並みの残る地域を訪れたリストです。徐々にアップしていく予定です。
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町並みリスト |
| 在田神社 |
2008/05/04 |
鎮座地は、中世には陶山庄と呼ばれていた場所。当社には、在田神社と有田八幡神社が祀られている。在田神社の創祀年代は不詳。式内社・在田神社に比定されている古社である。 |
玄松子の記憶 日本の歴史・風土・民俗の結晶、このページは玄松子(GenSyouShi)が歩いた各地の神社の記憶です。<無断転載を禁止> |
| 神島神社・天神社 |
2008/05/04 |
社伝によると、神亀三年(726)の創建。式内社・神島神社の論社の一つ。当社は、もとは高島の王泊にあったが、本土の現在地に遷座したものであるという。 |
| 小寺清先 |
2008/05/10 |
敬業館は寛政十年(1798)年〜明治十六年(1883)まで多くの人材を育てた。初代の教授は、神屋稲荷宮の宮司を務めていた小寺清先である。 |
幕末維新史跡訪問by植村俊也氏 |
| 高野山真言宗備中寺院 |
2008/06/10 |
備中真言宗派寺院便覧 ⇒詳しくでてます |
CountryUncle |
| 笠岡のつどい |
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案内(Contents) |
親サイト(Parents URL) |
| ようこそ笠岡野鳥の会へ |
2008/06/09 |
古城山公園の東崖、伏越トンネルの上に棲む鳥の名前を問い合わせ中 |
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| 井笠川柳会のホームページ |
2008/06/09 |
古城山公園の句碑、公園散策の途中で読ませていただきました。 |
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| 笠岡国際交流協会 |
2008/06/09 |
ウェブサイトで発見〜 |
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| 笠岡市内 |
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| 大仙院 |
2008/04/30 |
大仙院。笠岡市内を走っていたら竜宮門を見かけたので立ち寄ってみた。真言宗で、毎月旧暦の24日に縁日でにぎわうという。 |
日本すきま漫遊記 |
| 大仙様 |
2008/03/13 |
笠岡では毎月「大仙様」と呼ばれる、大仙院縁日があります。おじいちゃんやおばあちゃんが朝からたくさんこの辺りに集まります。写真でも分かる様に長い列ができます。
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笠岡情報帳♪かぶとがに by 管理人TAKAさん |
| 真鍋島の走り御輿 |
2008/04/25 |
9月23日真鍋島へ走りみこしを観光に行きました。最初の御輿を乗せた二艘立ての船が11時30分ごろやってきた船では太鼓と鐘、祭り歌が歌われていた。御輿は船から下りた途端すぐに走りだす
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Youzou in 瀬戸内海HP |
| 真鍋島 |
2008/05/31 |
笠岡の紹介、また障害者についての説明を目的としたページです
また、おもしろい行事・珍しいお店・歴史などを紹介 |
源みなもとRoot |
| 笠岡の催し |
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| ☆ヒッタカのはじまり |
2008/04/30 |
「ひったか」というのは,「火を高くたく」が「ひったく」「ひったか」とかわったものだと言われています。これは,約800年前の源平合戦の時に,平家一軍がたいまつをたい、、、、 |
笠岡に伝わる伝統行事ひったか |
| 金浦のヒッタカ |
2008/03/13 |
市指定 重要無形民俗文化財
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岡山県笠岡市公式ホームページ |
| 真鍋島の走り御輿 |
2008/04/25 |
9月23日真鍋島へ走りみこしを観光に行きました。最初の御輿を乗せた二艘立ての船が11時30分ごろやってきた船では太鼓と鐘、祭り歌が歌われていた。御輿は船から下りた途端すぐに走りだす
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Youzou in 瀬戸内海HP |
| 六島の大鳥神社の大祭 |
2008/05/04 |
大鳥神社の宵宮、5月4日(日)の本宮の参画者、担ぎ手、太鼓打ち、獅子舞、応援とまつりを盛り上げるためには沢山の方の参加が必須です。是非とも隣の方に参加をお願いしてください。 |
岡山県笠岡市六島青年団 前浦青年団:電子メールはmushima6157@trust.ocn.ne.jp
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| 堺市の大鳥大社 |
2008/05/04 |
現在、祭神は日本武尊、大鳥連祖神の二柱であり、その起源古く古来大鳥大明神と称せられ延喜式名神大社であり和泉国一の宮である。
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| かさおか島づくり海社 |
2008/05/04 |
昭和30 年代の最盛期には笠岡全島合わせて10,000
人余りの人口が現在はわずか2900 人と3 分の1 以下に激減、高齢化率も55%と少子高齢化の先進地といえる地域です。 |
NPO法人かさおか島づくり海社(岡山県笠岡市) info@shimazukuri.gr.jp |
| 井笠鉄道 |
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| 井笠鉄道 '63.11.8 撮影 |
'63.11 |
'60年代。もう既にこの頃次々と姿を消しつつあった軽便鉄道すなわちナローゲージと路面電車を必死で追いかけていました。今ナローは黒部と近鉄(三岐)の一部を残すのみ。ひいき目に見てもあのいかにもか弱いケイベンが今の世の中に生き残れる訳はありません。 |
鉄道何でも頁 c^io pri fervojo |
| 軽便井笠
夢の跡 |
Since 2003.3 |
子供のころ走っていた
軽便の井笠鉄道。 その跡は道路や新しい井原鉄道に姿を変えています。しかし、探して見れば意外や意外・・・。宝探しにも似た廃線巡りのお話しです。
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線路のはしっこ本編 |
| 井笠鉄道の保存車を訪ねて(1) |
2008/04/25 |
井笠鉄道に説明はいらない。軽便好きにとっては ただもう「素晴らしい」の一言に尽きるし、間に合わなかった誰もが「もっと早くこの世に生を受けていれば…」と思っただろうし、くじ場車庫が燃えたのを知った時は、本当に途方に暮れる気がしたはずだ。
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終わらない旅 |
| 井笠鉄道 |
| 笠岡〜井原間 |
19.4Km |
大正 2年11月17日開業 |
昭和46年3月31日廃止 |
| 井原〜神辺町間 |
11.8Km |
大正11年 4月 9日開業 |
昭和42年3月31日廃止 |
| 北川〜矢掛間 |
5.8Km |
大正10年10月25日開業 |
昭和42年3月31日廃止 | |
鉄道趣味の部屋/私鉄写真館 私が昭和40年〜44年頃に訪れた私鉄や専用線の写真、コレクションした切符等を中心に紹介します。 昭和41年3月の春休みに山陽、山陰への撮影旅行に出かけたとき最初に訪れた場所です。
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| 思いでの井笠鉄道 |
2008/05/02 |
1965年12月 岡山の井笠鉄道をおとずれました 今はその上を高速道路が、その下を新幹線が、夢のようです |
井笠鉄道廃線跡を訪ねて 『路線図』あり |
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