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廃墟10年

廃墟を始めて10年が経ちました
始めたのが遅いと自分でも思いますが、誰よりも熱狂的に廃墟ファンだった10年です。
10年に2つ3つ行っても廃墟10年ですが、普通に飽きる廃墟マニアの3生分は没頭したと思います。
2007年9月軍艦島上陸で本格的に覚醒し、それから北海道・沖縄を除き、どうしても行きたい所は行きました。
特に広島・山口・島根など地元を中心に、中国・四国地方の探索が多く、有名な廃墟に訪問するより、
航空画像や資料で事前調査し、巷で知られていない物件を目にする事が廃墟をする上での楽しみでした。

今までどれだけ長いかではなく、どれだけ熱いかだと思っていました。
ここ数年は、若い人たちとスタンスの違い、温度差を感じるようになり、老害と思われ自分でも気付いていました。
自分も先輩方に目こぼしに預かっていた事も分かります。

ずっと10年が節目だと思っていました。
10年は大好きなことだから続ける。そしてその日を迎えました。

これから先はどうするかです。
例えば旅先で新たな廃墟を見付けたとか、自分なりの廃墟観を語るとかいった事を
これを機に止める事ができるか、というと自信がありません。

オッサンは、廃墟を通じて恵まれた縁を享受して、沢山のいい思い出を胸にしまって去ればいい。
その一方でオッサンは、自分の感情や自由を抑えつけることは間違っていると知っています。
節目の10年ですが、昨日と明日で特別な変化は無さそうです。

H29/9/24

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のうが高原ホテル以来のバブリーな巨大浴場

廃墟は廻れば廻るほど、変わりゆく時代の象徴だと気付かされる。
景気の低迷により産業が衰退し、ライフラインの変化によりコミュニティが消滅してきたことが分かる。
時代は変わりゆく。
廃墟になるものが特別ではなく、全てに蛍や線香花火のように一瞬の命が与えられていると思う。

H28/1/27

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2015年GWは、四国を旅しました。
昨年の盆は、愛媛・高知を中心にまわったので、今回は香川・徳島をまわりました。
廃医院や廃校など各地にマークを付けて旅立ちましたが、当初から規模の大きな廃墟は期待してなくて
新しいネタや道すがらに出会うサプライズを期待していたのでした。
行く先々に興味を惹かれる建物があったり、町並みが時代に取り残されていたり
アンテナは四六時中働いていたので、ある意味休まる暇もない連休だったと思います。

そんな中、誰も頼んでないのに苦渋の決断で、これが今回の旅を代表する物件だと
一つだけ挙げるとすれば、出合小学校山風呂分校でしょう。

誰だよこんな山奥に村作った村長は!ってくらい標高の高い山奥の廃村にあり
しかも昨年の災害で、山道は落石や倒木で行く手を阻まれているので
ホントにこの道でイイのかと、何度となく折り返したくなります。
集落が見えた時の秘境に訪れた感覚、小さい学校が残っていた時の感激は、
今までの廃墟探訪とは違っていました。これが廃村・廃校の醍醐味なのでしょうか。

今の自分の理想を絵に描いたような光景。
10畳も満たない小さな教室で、何分と佇んでいただろう。
思わず涙が出そうになる時間だった。

つまり、まだ誰も訪れていない宿泊施設系の廃墟探訪は、とても醍醐味があるのですが
歴史が一つ失われようとしている場所に訪れるというのは、神聖さの度合いが違います。

(H27年5月撮)
H27/5/9

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龍宮園の浴室のタイル画
もう大分前に解体されてしまったが淡路島の木造廃旅館、龍宮園の浴室のタイル画。
ここは6年以上前に日本横断廃墟巡りをして、10日目の最後の締めに廃墟に興味のない友人と訪れた。
あの時は、東北の鉱山や北陸の廃旅館等も見た後の食傷状態で、締めに用意しておいた割には期待以下だった。
ボロボロの幽霊屋敷のような風貌の廃墟、まるで自分のうちのように入っていく自分とそれを笑う友人。
撮った写真を見返してみると、海沿いの爽やかなロケーションにあり、あちこち床は抜け落ちて危ない建物だった。
振り返って見て、このチープでありレトロな浴室のタイル画も目に留まった。
これまで現役にしろ廃墟にしろ、見た事ありそうで見覚えがないデザインだ。
やっぱり廃墟には普段見れないものが残っている。要は野蛮な趣味に終わらないと思うのだった。

(H20年7月撮)
H27/2/8

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俺の大好きな映画クライングゲームで知った蛙と蠍の話。
蛙が川の向かいに渡ろうとしていたら、蠍が乗せてってくれと言う。
蛙は刺されるからと断ろうとするのだが、蠍は一緒に溺れるような事はしないと言う。
人のいい蛙は蠍を乗せて、川を渡ろうとするが途中激痛が走る。
蛙も蠍も己の性に逆らえなかったのだ。

これは悲観的な話に受け取れるけど、自身の筋を通したともいえる。

廃墟さんがネットに廃墟画像をアップする事で、廃墟の寿命が縮まったり荒れる事になる。
廃墟さんは己の虚栄心に逆らえないのか?
いや廃墟さんにも色々あって中には一人こそこそ無害なタイプもいるとは思うけど
大勢は虚栄心に逆らえないと思う。
廃墟さんは廃墟が道連れになるとしても己の性に逆らえないのだ。

(H26年4月撮)
H26/11/9

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廃校の女神

(H26年8月撮)
H26/8/31
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蝕まれて、美を宿す。
ある秘境の巨大廃旅館、廃墟というにはきれいな状態で、中は迷路のように複雑な間取をしていた。
建物の最上階まで着いたところ、雨漏りを受けるバケツがあり、徐々に傷みが進行しており
用途として、もはや機能するには難しい事を解する。
見棄てられつつある建物こそが、我々奇特な人達に嗜まれるのであった。

(H26年5月撮)
H26/5/21
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GW遠方の廃墟探訪から帰って思うけど、自分が知らない地域は旬な時期が過ぎてるものや
先人のおかげでスゴいものにありつけたりする。そのどちらにも訪れる意味はある。
必然だけど、廃墟を真面目にしてると新鮮なネタを見つけ出すか、美味しいネタを取りこぼさない様にするか
二つのどちらかを選んでる事になる。
どちらを選んでも犠牲は払う事になるという話。

写真は廃墟マニアの間では有名なS診療所の2階、最初に書いた旬な時期が過ぎているものだ。
しかし訪れる意味はあったと思っている。
奇跡と言われた場所は、人為的に荒らされ、盗難に遭い、自然崩壊もすすんでいた。
しかし空になった薬棚に貼られた普通薬のラベルに手を触れた時、やっとここに訪れたと感慨深かった。
どこの廃医院にも薬棚に貼られたあのラベル、ここにも同じように何十年も前から貼られたままだった。

(H26年5月撮)
H26/5/3
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桜の廃医院さん。最近かわいい写真が撮りたい傾向なので、彼女のトイデジで気合入れて撮りました。

(H26年4月撮)
H26/4/4
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廃墟の定義について自分の中でひとまず答えが出た。
それは「所有者の実体の薄い物件」だ。
自分としては建物の朽ち具合より、誰にどう帰属しているかの方で判断したい。
建物はどんな状態であれ所有者がいる。
その所有者が行方不明の場合もあれば、複雑な権利関係や資産価値が無い等の理由から
処分できず放置されている場合もある。或いは市に寄付されて維持管理できていないものもある。
そのような廃墟の事実に至るまでには、相当な時間が必要だ。
廃墟マニアが一見して決めれるものではなく、往々にして近隣住民が治安の為に動きだして
次第にその事実に気付かされる事が多い。
そんな廃墟にだけ限定して探索したりネットで紹介する人がいれば、それは廃墟マニアの鏡です。
もちろん廃墟マニアの間で模範という意味で、その狭い世界を外から見ればどっこいどっこいといえましょう。

(H25年8月撮)
H26/2/28
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全身総毛立つほどの凄いスリルは何度か味わったけど、涙が溢れるほどの感動には未だ遭遇していない。
それに近い事はあっても実際に泣いた事はない。
森のなかに眠る廃遊園地や、ほとんど在り得ないものを追いかけて見つかったらそれが終着点なのかな。
俺は見つからなければいつまでも探し続けるぜ。

(H25年撮)
H26/1/9

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                   H25年~H23年









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