北京オリンピック2008長野聖火リレー当日の様子

  1. 長野駅〜デニーズ〜信大前
  2. 善光寺〜大門交差点
  3. 田町西交差点〜駅前広場
  4. 若里公園
  5. 帰宅
  6. 資料

長野駅〜デニーズ〜信大前

平成20年4月25日23:54 最終の新幹線あさま555号で長野駅に到着。道が分からず、しばらくうろついていた。 宿を取っておらず、見つけたネットカフェの二つとも満席の為、次の案としてファミレスで夜を明かす事にし、携帯電話に入っているナビゲーションソフトで検索したところ、県庁近くにデニーズがあると分かり、そこへ向かう。

01:00過ぎ頃、デニーズに入る。ノートPCを広げて2ちゃんねるを確認したところ、次スレ(旗振りスレv.6)が立っていたため、メモページにリンクを追加。 その他、PCでゴチャゴチャやりながら、大きいサラダとオニオンリングでビールを飲んでいると、旗振りスレにデニーズに来ている他の人の書き込みがあった。

03:00頃、前述の書き込みをした方と合流。04:00以降、秋葉組方々や緑スカーフの人等と合流。 他の方が、単独派はデニーズに集まるよう呼びかけ。この時は秋葉組の一人が持っていた黒い三脚が目印だったが、05:00前に秋葉組とは別れ、05:30前に印を私の白いdynabookに変更する案内を書き込んだ。 その後、一人合流した。

06:00にデニーズの扉を開いたすぐ前に、中国側のバスと警察車両が並んで止まっており、その向こうを中華人民共和国の旗(五星紅旗。以下、紅旗)の一団が列をなして歩いていた。 開会式会場に向かう道では、僅かにチベットの旗を見かけるも、バスから紅旗の一団が降りた所に出くわす等、紅旗が多く、既にそこは敵地状態だった。

開会式会場から少し離れている妻科入口交差点で警察官に迂回させられた。 開会式会場の様子を見ようという事で、もう一度曲がって開会式会場の前の方へ進もうとすると、警察官に止められ、チベットの旗を仕舞うよう言われ、隠して進んだ。

大通りに出ると、そこは、紅旗だった。一面紅旗で、凄まじかった。 開会式会場の前を通り過ぎ、信大前交差点を曲がっても続いていた。

紅旗の森を抜けた為、チベットの旗を隠すのを止め、更に善光寺に向かって進む途中、デニーズで仲間になっていた緑スカーフの人と女の人が警察官に止められた。 どうやら、チベットの旗を持っている者が、紅旗の方へ近付こうしているか、または、その逆かと、勘違いしているようだった。 現場の警察官は、混乱していたようだった。また、色んな県警から集められているという事も聞いた。 警察官の言葉では、チベットの旗と紅旗とを住み分けさせようとしているようだったが、チベットの旗を持っていると入れない所があるのに、紅旗を持っている為に入れない所は無いかのように見受けられた。

[2009/05/05 追記]「若松町交差点で警察官の間違いで止められた所」の動画は、意図せぬ解釈と使われ方がされていて、目に余った為、削除致しました。申し訳ございません。


善光寺〜大門交差点

善光寺へは、チベットの旗を持って進む集団に付いて行った。その集団には、チベットの人々やチベットの僧侶の方もいた。 その後、十字路になっている所で、「オリンピックの聖火を汚すな」という首からかけるプラカードをもらった。 ある門に着いた時、チベットの方々が歩みを止め、居住まいを正し、お経のような物を唱えて始めた。場は静まり、厳かな空気になった。

お経が終わり門をくぐると、お店が並んでいた。少し進むと、旗などを仕舞うよう言われ、皆しまったり、畳んだりした。 この辺りで、緑のスカーフの人とはぐれてしまった。 幾つか記者がインタビューの為に集まっている所があった。ひとつは、真中に髪が赤い白人の女の人がいた。国境なき記者団の人らしい。 本堂の前に着き、振り返ると、遠目にチベットの旗の中で一つだけ振られている大きな紅旗が見えた。 お堂に入ると読経が聞こえた。お賽銭を入れ、手を合わせた。 お堂の裏手へ回り、裏口から出て、すぐの所に「いかほ」が見えた。

「いかほ」前には、3人位だけがいて、その方達に状況説明をしてもらい、シールを頂いた。 説明では、大門交差点へ行って欲しい。紅旗側が駅の方から善光寺に向かって来ていて、チベット側が押されているので、なんとか押し返すようしてもらいたいというような事だった。 そこで、一人と合流し、他何人かも大門交差点付近まで同行した。

善光寺の裏口に戻り、チベット関係の持ち物を隠して通り抜けようとしたところ、警察官(あるいは警備員かもしれない)によって、駄目という事になったと拒まれ、外から回り込む為に左に曲がって進んだ。 その先の角で、さらに警察官に呼び止められ、なぜこちらに来たのか問われた。こちらの事情を話すと、そういう事になったとは聞いていないと驚かれ、こちらも混乱しているというような事を話していた。ここでは通された。 大門交差点へ向かう途中、人通りが少なかったので、生中継予定の方と女の人に助けて頂いて、私の旗を組み立てた。 旗は、自分のリュックサックに括り付け、背負う形にした。

大門交差点近くでは、背負った旗が街路樹に引っかかってしまい、動きづらかった。 大門交差点には、既にチベットの旗と紅旗が大勢集まって、シュプレヒコールが行われていた。

大門交差点の角を左へ曲がって少し信大の方へ寄った所で留まった。 周りは、紅旗が多かったが、信大方向を向くとチベットの旗が集まっているのも見えた。

左隣には、旗などを持っていない普通の小母さん二人と小父さん一人が居て聖火見物に来ていた。 その小母さんの一人は、私が首から下げているカードの言葉に興味を持ち、チベット側に好意的なようで、私に生姜の飴をくださった。 もう一人の小母さんは、抗議行動にいささか懐疑的なようで、「チベットの人達は聖火を汚すような事はしないかね?」というような事を聞いてきた。 私は、それについては自信がなかったが「多分、大丈夫ですよ」と答えた。

同行した方の一人は、ここで生中継を開始した。 聖火が通ったが、人が多くて誰が走っているのか分からなかった。 ここで会った、白い服の大きな男の人と合流した。


田町西交差点〜駅前広場

聖火が大門交差点を通り過ぎた後、田町西交差点へ向かった。 向かっている間は、紅旗が少なく、チベットの旗が多かったが、田町西交差点では、チベットの旗側と 紅旗側とはっきり分かれていた。

田町西交差点でも、聖火が通り過ぎるまでは、大門交差点と大きく変わらなかった。 ただ、チベット側が集まっている後ろに、紅旗が集まり始め、旗を後ろから前に差し出して、前のチベットの旗を隠そうとするかのように振ってきた。 私は、自分の旗が紅旗に隠れるたびに、その旗の前に出すようにしていた。 そうこうしている内に、車道を塞いでも良くなったらしく、人々が車道のリレーコースの角の突き当りになる所へ殺到し始めた。

そして、聖火が通り過ぎた。

聖火が通った後、様相は一変した。チベット支援グループのシュプレヒコールが始まった。 私たちもその流れに加わり、「フリーチベット」を叫んだ。 周りでは、紅旗の人々が対抗していた。 「フリーチベット」だけでなく、メガホンの声に続いての「チベットに自由を」、「信教の自由を」、「本当の自由を」というコールもあった。 混雑し、動かずにシュプレヒコールをしている中、近くで誰かが「殴られた」と言っていた(と思う)。しかし、私には、その様子は全く分からなかった。 その内、警察官の注意で車道を空け、駅に向かって流れ始めた。

駅への道では、チベット側と 紅旗側と入り混じって移動していた。 チベットの少年だろうと思われる方も見かけた。母親だろうか、チベットの女性も近くにいた。 チベット支援者と日本語の話せる中国人とが、言い合う姿を幾つか見かけた。 私は、背中の旗が外れかけていたのを支えながら移動していた。 途中、右翼の街宣車が道の向こう側にいて、何か言っていた。 恐らくチベット側の誰かだと思われるが、「右翼がんばれ」という声をかける者がいた。

駅前の広場に着くと、留まって、強いシュプレヒコールが始まった。 しばらく、それにも加わっていたが、同行した方の生中継用の端末のバッテリーが切れ、私の旗の竿も直したかった事等から、外れて、休憩を取ることになった。 一時的に解散して、ネットカフェで報道の様子を確かめたり、必要な買い物をしたりしていた。その時の時刻は、10:35頃だった。 私と、もう一人が、集合場所であるネットカフェ前に残った。 私は、旗を直していた。もう一人の方が携帯で得たネット上の情報を時折教えてくれた。それで、若里公園が既に紅旗で埋まっている事を知った。 旗を直し終わり、リュックサックを背負おうとしたとき、誤って防犯ブザーの紐を踏んでしまった。 再集合した時に、どこから来たかと、ハンドルネームかその場での名前を、自己紹介した。そして、聖火の到着地点である若里公園へ向かった。


若里公園

若里公園入口(駅に近い方は裏手だったのかもしれない)には、続々とチベットの旗が集まって来ていたが、入口の向こうには、紅旗の集団が見えていた。 入口の所には警察官がいて、チベットの旗を紅旗がいる方とは別の所に誘導していた。 林の中に囲まれた芝生の広場では、既にチベット側が集まっていてのシュプレヒコールが行われていた。 そこには、国境なき記者団の人たちもいて、手錠五輪の大きな旗を掲げる人もいた。 中には、頭だけパンダのかぶり物をして、チベットの旗を配っている人もいた。 白い布に黒い手書きで大きく「宇宙平和」と書いた幟もあった。 数多くのチベットの旗がはためいていた。 そして、雨が降って来ていた。

始めの内は、芝生の広場をはさんで向こう側に、紅旗の集団がいたが、少しして、さっと引いて行った。 ここは、聖火が全く来ない所らしい。 こんな所にいて良いのかという事になり、その後、仲間が、聖火が入る方の公園入り口の前に行く道を見つけた為、そちらに向かった。

公園入り口の前の所では、ある程度人が来ていたが、更に人が増えてきて、混んで来た。 私たちがいる側が、チベットの旗の集まる側で、道を挟んだ向こう側に紅旗が集まった。 人が多くなり、聖火を待っている間に、何回か小競り合いがあったらしい。 私には、声だけが聞こえてきて、その様子を窺うことはできなかった。

雨が強くなり、服もカメラもびしょ濡れになった頃、聖火が通過した。

その後、警察官が公園の入り口の前を並んで塞ぎ、人の流れを規制した。 向こう側の紅旗の集団が公園内に入って行く中、こちら側の人々は動けずにいた。 そして、警察官に向かって怒号が飛び始めた。 ここは日本なのになぜ日本人が入れないのか等という声が上がった。

人が流れ始め、私たちも公園の入り口の前から離れた。 公園内の芝生の広場へ戻る途中、仲間の女の人が TBS のインタビューを受けていた。 一旦、芝生の広場に戻った後、雨が降り続いていたので、屋根のある所へ行こうという事になり、駅へ向かった。


帰宅

駅の所で、一人と別れた。その後、善光寺口近くで佇んでいた。 それぞれ、帰る準備をしたりもしていた。 ここで、信濃毎日新聞の号外をもらい、生中継をしていた方が TBS ピンポンのインタビューを受けた。 私は、旗を解体し、手に持っていた物も一緒に、リュックに詰め込んだ。

食事をしようと、駅に繋がっている飲食店街に入ったが、その中の店は、どこも行列ができていた。 飲食店街を抜けた向こう側にあるホテルに入り、その中の喫茶店のような店に入って食事をとった。 朝から初めてのまともな食事だった。 その後、一人は、車だったため他の所で休むんでから帰るとの事で改札口前で別れた。 私を含めた4人は、同じ15:35の新幹線に乗り、発車まで話していた。 一人は、予定が詰まっていて予め指定席を取っていた為、新幹線の中で別れた。 私は、大宮駅で別れた。 大宮駅に着いた時、棚からリュックサックを取ろうとしたとき、誤って防犯ブザーの紐を引っ張り、大きな音を立ててしまった。


資料

持って行っていた旗
これは、解体して自宅に持ち帰りった後、再び広げて撮影した写真。 竿は無印良品で買った家具用の紙管に、防水の為に緑の養生テープを巻いた物を連結具でL字型に繋ぎ、繋ぎ目を養生テープで補強した物。 旗は、チベットの旗をA4の普通紙4枚に分けて印刷し、それをのりで繋げた物。余白を切ったり、のり代にしたので、A2より一回り小さい。 掲げている間に傷ついたり、雨でふやけたり、解体時の扱いの悪さで欠けたりしている。


善光寺前で頂いた首から下げるカード
これは、自宅に持ち帰りった後、撮影した写真。 表は元のままで、青字に白字で「オリンピックの聖火を汚すな」と書かれている。「聖火」の所だけ赤字で強調されている。 裏には、「いかほ」前で頂いたシールを張り付けた。