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1)ゴジラ2000ミレニアム 2)交渉人 3)スペースオペラ 4)L.A.コンフィデンシャル
5)DVD 6)13ウォーリアーズ 7)禁断の惑星 8)ライトスタッフ
9)ロード・オブ・ザ・リング 10)A.I. 11)ユリョン 12)リターナー
13)FINAL FANTASY 14)REDSHADOW 15)TAXI DRIVER 16)インディペンデンス・デイ
うちのDVD

「インディペンデンス・デイ」 '03/7/9
 
連日、映画を観る機会に恵まれてページの更新が出来たのだが、全てビデオ・ソフトとして新作に入るものではない。このページを書くために映画を観ているわけではないので、ご了承いただきたい。

 '95年公開当時、巨費を投じた大スペクタクル映画として話題を撒いた劇場版145分のSF巨編である。上映時間の上でも、大作に入る映画だが、二時間半に近い上映時間は長さを感じさせない。
 上映時間の長さを感じさせない作品は、経験上密度の濃い傑作が多いが、本作ではちょっと?印がつく。理由は、長さの割に細かいエピソードの積み立てが無いからだ。細かいエピソードの畳み掛けによってストーリーの奥深さがでるものだが、本作は観終わった後以外とあっさりした印象しか残らない。エイリアンの圧倒的な科学力の前に、一方的に人類は屈服するのだが、そこに漂う悲壮感は稀薄だ。累々と横たわる死体が画面に写る事はなく、破壊シーンの後にすぐエピソードチェンジが行われる。演出上の考え方か、ビジュアル的な表現として破壊シーンを写しているようにも見える。
 あっさりとした印象を与えるもうひとつの要因として、エイリアンシップの圧倒的な攻撃力がうむカタストロフシーンの前半と、エリア51に待避した米大統領たち主人公が反攻を練る後半と、前後イメージが分かれてしまっている事もあるか? 加えて、最期の最期まで躊躇った核ミサイル攻撃が無力である事はネタばれ状態だったのに、エイリアンシップのコンピューター対応のウィルスをいとも簡単に用意してしまう・・・すべてがあっさりと進行して行く事も要因のひとつだろう。
 要するに「エイリアンの力は強大だが、つけいるスキはいくらでも」と作られたシナリオに問題があるのだろう。監督のローランド・エメリッヒも脚本にタッチしているのだが、プロット段階での詰めが甘かっただろう事は隠しようも無い。
 ウィル・スミス演ずるヒラー大尉カップル、ビル・プルマンの大統領夫妻、ジェフ・ゴールドブラムのデイビットと元妻の三組のカップルの生死や行く末を追い過ぎたのもいけない。どれか一組に絞り、後はエイリアンシップの攻略・コンピューターウィルスの作成にシーンを費やすべきだった考える。

 まぁID4と云うタイトルからして、独立記念日好きなアメリカ人のための映画だと判るし、ごろも良いだろう。最期の反攻を仕掛ける直前の大統領演説も独立宣言をパクったようなものだ・・・もっと過酷さを連ねたら、感動的に響いただろうが・・・人種間・民族間による闘争に明け暮れる人類へのアンチテーゼとして観れば、シチュエーションは問題ではないかもしれぬ。
 ストーリー冒頭からの超巨大なエイリアンシップの、大容積の物体が大気圏突入する際に生ずる雲と、摩擦熱による赤熱・火焔の映像エフェクトは今までにない迫力ある映像で、これのみでも観る価値はある。

 設定にいくら魅力があっても、演出のつぼを誤れば超一流の作品には仕上がらない典型的な作品と云えるか。しかし、上映時間が長くあっさりした脚本なのに飽きさせないのは編集の上手さであり、徳俵に乗った状態ながら一流作品とは呼べるかも知れない。


「TAXI DRIVER」 '03/7/8
 この映画を初めて観たのは、二十歳を過ぎ"座布団映画"の活動を始めて後の事だ。池袋文芸座が、名作のみを上映する二番館として名を馳せていた頃に、評判も知らずに入って目にした作品なのだ。アマチュアにしても「映画」というものを曲がりなりに製作する立場に立った者として、非常にショックを受けた作品である。
 名優の呼び声も高い、ロバート・デニーロの出世作であり、マーティン・スコセッシの監督としての評価を定めた傑作である。全米公開された1976年頃といえば、ベトナム戦争後遺症候群が叫ばれて久しい頃で、アメリカのひとつの歴史転換点になった時代だ。本作は、そんな時代に作られた豊穣と退廃、反戦と冷戦・・・自己矛盾を抱えたアメリカを象徴的に描いた作品に思える。

 舞台となったニューヨークは当時、街頭のそこここに娼婦が立ち並び強盗や殺人が日常茶飯事のように起きた時代で、世界一危険な街とも云われ、日本人観光客も少なくこわごわタイムズ・スクウェアあたりを歩いていたらしい。
 日本人にとってギャング映画などからの情報が、「ニューヨークは恐い街」意識に多大な影響を与えていたのも事実であるが、実はそれは単なるオブセッション(強迫観念)であるらしい。多くのアメリカ人自身ももつ、このオブセッションを確信犯的に監督スコセッシは利用し、ひとつのヒーロー像をでっち上げたのだ。ダーティ・ヒーローと云ってしまうと言葉も軽いが・・・
 田舎から出て来た青年トラビスが、ニューヨークと云う街が持つ妄想や偏執に毒されクレイジーに増幅してゆく様は、まさに強迫観念に侵され自己崩壊していく様にしか見えない。アナーキズムが一種のヒロイズムと誤解されていた時代でもあったわけで、トラビスはそれをじでいったのだ。
 田舎出のトラビスが、その出自故に政治活動をアカデミックと感じ、にわか仕込みの政治論をぶってみたり、少女売春婦を決死の銃撃戦で救出するくだりなど狂気そのものだ。そこにはひとかけらの正義があるわけでなし、ニューヨークと云う街に押しつぶされた故のオブセッション(強迫観念)のみが存在する。極限を体験したトラビスが、その後憑物が落ちた様に日常へ戻るあたりは自己存在証明の旅から帰った人物にも見える。
 ラストシーンでトラビスに救出された、少女売春婦アイリスの両親が綴る手紙に「直接会ってお礼が言いたかった・・・」とあるが、本心は娘の帰宅も本来は望まぬ事であり、実際には感謝の言葉など無い。うがち過ぎかも知れぬが、言わばありがた迷惑と云う内心を暗示しているように思えるのだ。

 全編全カットが、まったく逆の事象を表現しているらしきシナリオであり演出。これが、本作の真骨頂か? 最初から最期まで、陰湿もとい陰乾とした不思議な雰囲気は、いまだ本作以外出逢っていない。


「RED SHADOW」 '03/7/3
 原作は35年ほど前のTVシリーズ「赤影」だ。TVシリーズもそうだったように、本作も全編コメディ演出のTV作品を知らない世代でも十分に楽しめる娯楽作品に仕上がっている。と云うのも、TV作品から引き継いだ設定はキャラクターの名前くらいだからだ。よって、ほぼオリジナルの映画作品と云って良い。

 突っ込みどころの無い無難な作りになっているが、ただ注文をつけるならば、主人公たちの成長に合わせて三つの章に分けた構成になっているものを、ひとつにまとめてもらいたかった。どうにも一本の映画が分断された感が否めない。加えて35年前のTVドラマならば許される、衆人環視での大立ち回りだ。
 近年とみに時代劇がリアルに描かれる様になって来たが、この流れに乗るならば忍者はあくまで影で立ち回り決して表には出ない事が肝心だ。映画の後半で、戦国大名京極氏のお家騒動にまき込まれ、衆人環視での大立ち回りするが、これがいただけない。同じストーリー展開でも、表に出ないまま活躍する脚本は書けるはずだ。

 ともかく、映画としてのスケール観は乏しいものの、キャラクターの個性も豊かに描かれた作品だ。 


「FINAL FANTASY」 '03/7/3
 そのうちレンタルで観ようと思いつつ、今日になってしまったTVゲームRPGの名作の映画化作品である。2001年公開当時、フルCGアニメーションとして話題を呼んだが、その後の評価は?
 製作・原案・監督の三役をこなすのは、RPGのプロデューサーでもある坂口博信。SQUARE社長のお墨付きを得て、満を持して映画化であるわけだが、フルCGアニメーションにこだわる理由が何処にあるのかが分からず残念である。
 全編を通して、映像センスは凡庸なものであり、キャラクターデザインも貧相なもので、よっぽど魅力的な生身の俳優をキャスティングした方が、見た目もすばらしい作品に仕上がったはずである。これはキャラクター性に魅力が無いのではなく、ビジュアル的に個性の無いデザインだと云う事なのだ。
 時代を見れば、マトリックスやターミネーターシリーズなど、フルCGに頼る事無くきらめきを感じる映像センスを、どちらかと云えば古典的な手法も交えて描き出した作品は多い。本作品は、CGという技術に頼り過ぎ、本来一番大切なはずの"映像センス"というエッセンスを忘れたようだ。

 FINAL FANTASYは、元来名が示す通り世界観にファンタジー要素を盛り込んだ作品であったわけだ。TVゲームのシリーズも一時、現実世界のリアリティを盛り込んだものもリリースされたが、やはりファンの支持を受けなかったのだろう、最近作では路線を戻している。この映画作品の評価も同じようなものだと思う。
 本作はあまりにもSF的設定が前面に出過ぎて、ファンタジーを忘れてしまったようなのだ。
 話しは、あの日隕石に混じって飛来したファントムと名付けられた精神エネルギー生命体の侵略を受け、滅亡に瀕した34年後の荒廃した地球から始まる。
 わずかに残された人類は、地球各所に精神エネルギー・バリアを張った都市で細々と生き抜いているが、精神エネルギー生命体を征するには、同じような精神エネルギー(スピリット)が必要と考えたシド博士と主人公アキは、8個あるというスピリットの探索を続けている。
 この手の週末的作品にはレギュラーのごとく登場する、力が正義と考える軍属の将軍がなにかと主人公たちの邪魔をするのだ。
 秘密兵器ゼウス砲(プラズマ兵器)で、精神エネルギー生命体の本体である隕石を撃とうと試みるが、将軍の独り善がりのごう慢さ故に失敗し、最期はやはり主人公が、8個のスピリットとそれの大元である地球精神エネルギー・ガイアの力でファントムを中和し地球を救う話しだ。
 ここまでの説明で判る通り、純粋なSF映画と云って良いストーリーであり、TVゲームに登場した「魔法・得体の知れぬモンスター・剣と鎧」などが出て来る要素は少しも無い。やはり、名に偽りありと云わざる終えないのだ。
 百歩譲って、映画としてのできが良ければそれなりの評価もあるのだが、前述したように全てが凡庸、救いは悪くはないストーリー展開のテンポだけだ。SF作品として「FINAL FANTASY」を切り離して観れば、それなりに楽しめる作品である。
 ただ、やはり救えないのはデキの悪いデザインのCGキャラクターである。


「リターナー」 '03/4/26
 長らく人気で借りられなかった、リターナーをレンタルして観た。劇場公開時も、低迷の日本SF映画にあって、スマッシュと云って良いくらいのヒット作だ。観たいと思いながら、なかなか借りられなかった作品だ。
 結論から云うと、久々の出来の良い日本SF映画と云う事で、DVD購入も考えたいところだが、肝心な所部分でいただけない事がある。SF作品に限らず、多くの日本映画が陥る"情緒過剰"なところだ。

 映画に限らず、小説や漫画などでも「意図的に"泣かす"場面を演出」するものだが、やり過ぎると必ず失敗作につながる部分でもある。それぞれストーリーにおいての最適な演出があり、ここ数十年の日本映画は過剰演出で失敗している。
 リターナーの場合も、ラストシーンにおいて明らかに"意図して"泣かしの場面を演出しているが、それまでのシーンがCGをうまく取り入れ「良く出来たアクション映画」になっていたのに、ラストが「悲しい結末の恋愛映画風」で終わってしまっているのだ。
 具体的には、映画を観て頂くとして、爽快なアクションの後、爽やかなラストシーンで幕を引く・・・と思ったら、突如として妙なセンチメンタリズムな終演を迎えるのだ。それを暗示する伏線もあるのだが、やはりラストシーンに悲劇的に繋げるのは大失敗である。

 ストーリーの概略は、傑作「ターミネーター」的なテイストの作品だ。本作では、異星人の侵略を受け荒廃した未来から、ヒロイン(鈴木杏)がタイムスリップして現代にやって来る。任務をこなすに足るソルジャーではないヒロインが、限られた時間のあいだに現代人の"その道のプロ"(金城武)の助けで、侵略を受ける原因を取り除くために奮闘、人類の未来を開くと云う流れだ。
 共通の敵としてふたりの前に立ちふさがる中国マフィアの手下(岸谷五朗)の怪演や、うまく配分されたコミカルな演出があいまって、スピーディに展開するアクションシーンは観るものを飽きさせない。
 異星人の描写や戦闘シーンに使われるCGも、ライブシーンと良くマッチしハリウッド映画と比較しても遜色ない。戦闘シーンには、大勢の外国人キャストが登場して活躍するが、最近の日本映画のパターンにあるような「日常のTVに出て来る、バラエティ・タレントの変な外人」を起用せず、おそらく無名だが本物の俳優をキャスティングしている事など、作品世界の構築には気を使っているようだ。「ゴジラ」映画などに、TVでの露出度だけは高い変な外人が登場したりもするが、これは興醒めするばかりで映画の質を下げるだけの効果しかない。
 主演のふたり、実年齢はともかくカップルと考えるには年齢差を感じる組み合わで、劇中でも金城は鈴木を「がき」と呼んでいる。しかし、次第に共感しあいラストシーンにおいてほのかな愛情を感じあう部分は、うまい演出をしていて無理が無い。うまく結ばれるか別れるか、どちらに落ち着くにしても、困難な目標をクリアしたふたりには爽やかなラストシーンを迎えてもらいたいものである。

 本作の場合は「困難に負けない強い勇気と信頼」と云ったものがテーマであり、恋愛部分はいわばデザートのようなものである。男女の「悲惨な別れ」をテーマにした作品ならばともかく、本作の場合この「デザート」が"辛い"ものでは、おいしかったメイン料理の味を損ねてしまい、後味を悪くするばかりでだ。
 ラストシーンを暗示する伏線が、冒頭と中盤の2か所で張られている。冒頭のものは悲惨なラストシーンを演出するものであり、中盤のものはタイム・パラドックスが絡みその解釈に矛盾が存在する、いただけない伏線だ。このふたつが相まってラストシーンをまずくしているのだ。
 大団円を構築する為の脚本の詰めが甘く、ラストシーンの落としどころを知らないと云うべきなのだろうが、このまずいデザートは、監督の山崎貴の才能不足なのか、 あるいは営業側からの横やりか? いずれにせよ、大失敗であることに変わりがないのだ。


「ユリョン」 '02/5/23
 韓国映画として大ヒットした「潜水艦もの」の映画ですが、見始めてすぐ「海底軍艦(昭和30年代の特撮映画)」的イメージが浮かんだ。なぜって? 作り手は意識していないのだろうけど、多分にその時代の環境の体制的な匂いがするんです。海底軍艦にしても、まだ"高度成長期"の前で"太平洋戦争"のトラウマを多くの国民が持っていた時代。この時代に日本人の誰もが持っていた国民性を、そのまま"韓国版"にしたのが、この「ユリョン」って映画のように見えるのです。
 「ユリョン」って映画、今時の作品にしては"恥ずかしいほどに"セットがおもちゃ!! 日本映画の場合は"模型"なんですけどね(^.^; まぁ舞台のほとんどは、旧ソ連から買い取ったっていう・・多分"アクラ級(旧アルファ級)"なんだと思うんだけど、肝心の「潜水艦戦術」がデタラメ!! 「沈黙の艦隊」よりひどい!!(かわぐち先生ごめんなさい)多分、この手の方面に疎いシナリオライターなんだろう・・・まぁこーいう部分はも一般の観客には解らない事だから、フィクションによくあるデタラメとして置いとく。
 一番問題なのが、ユリョンの乗り組み員全てが、戸籍を抹消され"死んだ人間"で3桁の番号のみで、名前を呼び合わないやつらだけど、主人公を除いたほとんどが「艦長」をいきなり撃殺し「旧ソ連時代から搭載したままの」核ミサイルで、「秘密裏に原潜を建造中の」沖縄の基地をや、日本本土を攻撃しちゃう、つークーデター副長に同調しちゃうのよ??? この副長「日米の陰謀による国辱は許せん!!」と云う愛国者なんだけど、日本だけならともかく、アメリカまで敵に回しちゃ「国辱」を受けるくらいじゃ済まないと思うんだけどね(;^_^ まぁ映画の中では、海自の潜水艦は3隻沈めたけど米軍には手を出さなかったけどね。
 韓日のあいだには、深い歴史のみぞがあるんだけど、それらしても"ちっと、乱暴な展開でないかい?"と思えてならない。
 ユリョンが問題を起こす航海に出るまでの数カ月間で、問題の副長は乗り組み員達を"洗脳"に近いか"新興宗教"的同調を得ていたらしいけど、やろうとする事の重大さ考えれば「そんな事したら、韓国本土もただじゃ済まない!!」くらいの事を思い付きそうなんですけどねぇ・・・一人や二人くらい(^。^;)
 ラストシーンは主人公ひとりの活躍で、ユリョン自体が行動不能になって終わりますが、どうもシナリオが煮詰まってない。国際的な情勢認識から離れ過ぎと云うか・・・韓国内では今だそうだとしても、国際的に認識で作らんといかんでしょ。外国が名指しで登場する場合。あまりに、現実にありそうもない設定で話が進もんだから、途中でパラレルワールドか何十年か前の映画の様に見えて来てしまう。「ユリョン」はそう云う映画です。
 「JSA」はまだ観ていないけど、「シュリ」や「ユリョン」がこれでは、きっと"自虐的国威昂揚映画"なんだろーな・・・つまらなくても、まだ"まったくの荒唐無稽ゴジラ映画"の方が、罪は少ないと思う市橋でした。


「A.I.」 '02/5/23
 レンタルビデオで観た・・・いかにもスピルバーグ映画らしく、シナリオの詰めが甘い映画だった(スピルバーグものは、あまり観ていないので、こう言い切るは乱暴だが・・・)。
 観ていて終始感じたのは、「if」である。シナリオの展開として、「なぜ、ここで、こう進行するの?」と疑問が常に頭に浮かんだ。劇中「ピノキオ」のお話がでてくるが、あまりにもこのお話をオマージュと捕らえ過ぎているように思えてならない。なぜ"デビッド"に"ピノキオ"と同じ様な道筋を歩ませるのか? 違うのはラストシーンくらい?
 もし"人間の息子"マーティンが「当たり前の様に」ロボットのデビッドを虐めるのか? なんか"ロボット"が物珍しい存在の様に見える。このお話の中では「冷蔵庫」や「洗濯機」と同じくらいポピュラーな製品じゃなかったの? ロボットって・・・
 「冒険しなさい」と言わんばかりに「森林の中にデビッドを捨てるママ」は自分の行動をいかに正当化したのだろう? 別れ際の涙は「あれは演技だよ」としか思えない。自己満足ってやつで「リアルに人間を描いている」の逆証明かもしれん??? 直後に登場する"メカ排斥"のおじさんたちの存在を知っていれば「森の中に不法投棄」はしないだろ(;^_^
 「涙するライオンの・・・」場所にいた、デビッドを(死んだ自分の息子の生き写しのロボットなんだね、これが)をつくった○○博士(申し訳ない(;^_^名前をコピーし損ないました)は一瞬デビッドとあった後、デビッドが入水自殺(ロボットのくせに)するまで、何をしていたんだい? 「君が来るのを待っていた」と言いながら、放っときぱなしはないだろーってね。
 で、最後。ピノキオも出会った「ブルーフェアリー」に出会いたかったデビッド君、2000年後に異星人? と出会ってしまい、挙げ句の果てに「人間の子供になりたい!!」って望みは叶わず、異常な情況に再生された"ママ"もパニクる事なくデビッドくんと"母子"してくれる。なーんか、すべてが御都合なんでないかい?
 全てが"if"ってやつで、いかに異常な情況の展開であっても、「もし、こうなったら・・・こうなる」って図式でシナリオが書かれているのね。漫画でもそうだけど、現実の人間も"あるシチュエーションに出会ったキャラクターは"その性格や情況によって、整合性のあるセリフをしゃべった、行動をしたりするのだけれど、この映画のキャラクターたちは"場当たり&シナリオの都合"に因った言動しかしないのね。この辺が「脳みそがファンタジーで出来ている」スピルバーグらしい映画です(^。^;)

 スピルバーグの過去の失敗作は、多分こうした彼の"情緒的な"精神を反映し過ぎて、ふつーの人には理解出来ないって事じゃないかしらん?
 それでもオスメルくんは充分に演技派ですけどね(^.^;


「ロード・オブ・ザ・リング」 '02/3/14
 なんか毎月数本は映画を観ているのに、全然コラムの数が増えないコンテンツだと自己嫌悪・・・作らなきゃ良かったかしらなページですが、今回はこのコラム始まって以来の新作映画の紹介!! 現時点で公開2週を過ぎ、23億円の興行収入だそうで間違い無くの話題作である映画だけど、タイタニックを抜くかな?
 ドラゴンクエストやファイナル・ファンタジーが米国のパソコンゲーム、ウィザードリィやウルティマ、ディープ・ダンジョンなどの影響を受けて作られたRPGだと云う事は周知の事実だけど、これらパソコン・ゲームも"ロード・オブ・ザ・リング"の原作「指環物語」が無くしては作られなかった事は、この映画が出来るまで一般にはあまり知られていなかった事も事実でしょう。
 「指環物語」は英国の作家J・R・R・トールキン作の一大叙事詩、ようするにファンタジー物語であるわけで、聖書のようなもの? でもこの話にも北欧系英国人ストルルソン作の「エッダとサーガ」に原典があるし、これとて民話として語られていたものを集成したものでストルルソンのオリジナルでは無い。影響を受けたからと云って「ハリー・ポッター」や上記したゲームを否定出来るわけでないのは当然の事。それにしても、妖精写真やストーンサークル、アーサー王伝説などファンタジーな国イギリスである。

 上映時間2時間58分の超大作で全三部作がすでに撮影済みというから、三作目公開後まとめて観ようものなら朝一番に映画館に入ったら中で三食食事するはめになるかも(^^ゞ おしりに当てるクッション持参が良いですね。
 映画を観てつくづく思うのが、あちらの俳優の豊富さ。主人公のフロドは身長1mそこそこのホビットの設定、俳優自身そこまで低くは無いが相手役に長身をあてる事で充分に背の低さが演出されているし、賢者であり魔法使いのガンダルフ役も風貌からして"いかにも"と言わせる配役でエルフ役もしかりである。日本ではここまで身体的に特徴をもった俳優はいないから、こういう映画は金輪際作れないでしょう。また映画俳優とは別にTV俳優がいて、映画初出演でも演技が出来上がっている人ばかりで、資質からして違う様な・・・
 現時点で公開3周目に入ったばかりの映画なので、ストーリーについて語る事はしないけれど、ローケーション・ハンティングと美術設定の素晴らしさは絶妙! ほぼ全てのロケをニュージーランドで行ない、そこで撮影された風景にCGとオプチカルで合成されたエルフの谷などは「引っ越したい!!」と思わせる程うつくしい出来。マット・ペインティング、CG、セットを絶妙に使用する事によって、全編の風景が全て現実の風景と遊離してファンタジーの世界に引き込んでくれる。
 くどいくらいに折り込んだキャラクターの心理描写など、曲者と知られる監督ピーター・ジャクソンの手腕を誉めないわけにはいんない・・・ちょっと、くどい気もしたけど(^^ゞ 個人の心理描写をもう少し短くして、キャラクター同士の関係描写に時間を使った方が好みであるんだけどなぁ。魔王サウロンの作った"指輪"の持つ魔力がいまいち良く分からなかったりして・・・人を(エルフでもホビットでもドワーフでも)魅了し所有欲を喚起して欲望の権化に変えてしまう、そういった指輪の魔力に全てのキャラクターが魅了された、そういう描写が無く半数のキャラクターが影響受けたくらい? 魅了する魔力の強さってものも、あまり感じなかったのは正直な感想。指輪の力が"どうとか"というよりも、指輪を作った魔王の強さあるいは指輪を装着した時の魔王の強大さを感じさせ、指輪物語と云うより「魔王物語」って感じ?
 それにしても、冒頭の回想シーンの人間+エルフの連合軍と魔王軍の戦闘シーンは、その広がりと云いスピード感重厚感と満点です。影武者を撮影した当時の黒沢監督が観たら「俺もやりたーーーい!!」と叫びそう。冒頭に迫力があり過ぎて、後半のドワーフ洞窟でのシーンが物足りない程。悪鬼バルログとの戦闘シーンがもっと欲しかった!! そんな感じですね。

 それにしてもファンタジー満載のこの映画、間違い無く歴史に残る傑作と呼ばれる事になるだろう。興行的にも大成功で今後のファンタジー映画製作の起爆剤になる事も間違いない。アクションかSFに片寄っていたハリウッドも、またファンタジーに傾倒するんじゃないかな? アクション映画などに比べると、桁違いにセンスが必要で脚本作りに時間と能力が必要だけど、掛けた手間の分だけ奥深い作品になるのも確かな事であり、頑張って欲しいものです。
 そう云えばハリウッドの20世紀FOX、今度は「ドラゴンボール」をシリーズで映画化ですって(^^ゞ


「ライト・スタッフ」 '01/11/18
 映画と云うものは、珈琲や煙草と同じ様な嗜好品である。嗜好品である以上、観る人それぞれの好みによって評価が別れる事は重々承知のスケであるが、やはり私としては本作品The Right Stuffを"映画の中の映画"筆頭に挙げたい。文句なく★5つである。
 本作は、米国の宇宙開発初期、ソ連としのぎを削っていた時代の宇宙飛行士および、音速の壁に挑んでいたパイロット達のドキュメンタリー風映画であるが、ノンフィクション映像ではなく"映画"で良かった!! と思えるくらいエンターテイメントに仕上がった最上作である。
 トム・ウルフが丹念に取材して書き上げた原作を名匠フィリップ・カウフマンが監督、あの"ロッキーのテーマ"作曲のビル・コンティが音楽を担当。これだけで期待出来る本作であるが、数々の名優達サム・シェパード、スコット・グレン、デニス・クエイド、エド・ハリス、ランス・ヘンリクセンなどなど・・あのジュラシック・パークで出世、インデペンデス・デーでも名を成したジェフ・ゴールドブラムもその若き姿で出演している。各名優達が鎬を削る事無く、混然と解け合って壮大なテーマの本作を演じ切っているのだ。
本作DVDとサウンド・トラックCD>>>>>>>>>
 本作の後アカデミー賞連続受賞のトム・ハンクス主演"アポロ13"や同じくトム・ハンクスがプロデュースしたドラマ"From The Eath To The Moon"などが作られたが、所詮本作あっての事である。映画の出来もさることながら、何故ここまでこの映画を評価するのか? それはやはり、ビル・コンティ作曲の本作の音楽に因るところが大きい。この音楽は"チャイコフスキー作曲バイオリン協奏曲"に酷似して・・と云うより、そのものと云って良い。
 御本人が確信犯的に狙ったのは、見え見えなのだから外野がとやかく云う程の事では、もはや無いと言える。(音楽の著作権は作曲者本人の死後50年までだから、チャイコフスキーの著作権は切れている(^.^;)
 あのアカデミー賞の選考委員たちも、それを承知で"オリジナル作曲賞"を与えているわけだから・・・
 まんまコピーと云えルこの曲に、どうしてこれ程の思い入れができると云えば・・・それは、完全にオリジナルを越えているからである。私は、ビル・コンティのこの曲を聞く何年も前から、オリジナルのチャイコフスキーを聴いていたが、それでもこの映画でこの曲を聴いた瞬間、オリジナルは38万?の彼方の月まで・・それ以上遠くへ飛んで行ってしまった。いかに、この曲が本作に良くマッチし優れていたことか・・・

 公開当時も"ライト・スタッフ"の意味は何? と云う話は都度でていたが、もちろんライトは"正しい"であり、スタッフはスペルが"stuff"(staff:職員ではない)資質を意味する通り、当時の科学者の馬鹿げたまでのテストをもクリアする、資質的に秀でた人材を意味する言葉である。自分自身"漫画の世界"においての"The Right Stuff "でありたいと思い、目標にした言葉でもある。
 その目標がかなったかは、今だ評価された事では無いが、本作の主人公たちのように"かっこうよく"生きられるか? それが人生の終末まで持ち越される命題のひとつになってしまったのである。
 本作の音楽は、時を越えてフジTVの"ツールド・フランス"中継の毎年のテーマ曲となったが、まさに人体のひとつの限界への挑戦たるツール・・・にふさわしい音楽であり、映画"The Right Stuff"の主人公と"ツールド・フランス"のサイクリストたちはだぶって見えるのである。
 ツールド・フランス。自転車の世界だけではなく、人間のあるいは自己の限界に挑む人達のテーマ曲として、ビル・コンティ作曲のこのテーマ曲ほどふさわしい応援曲は無いように思うのである。

 時として目標や気力を失ってしまった人達に、本作を観てもう一度活力を沸き上がらせてもらいたいものである。


「禁断の惑星」 '01/10/29
 この映画は既にバイブルとも云うべき名作なので、批評めいた事を書くのは気が引けますが、DVDタイトルも持っている事だし避けては通れない作品なので感想を少しだけ・・・

 この作品が名作たる理由のひとつに、ロボット"ロビー"の存在があります。この作品以前にも"メトロポリス"などロボットが登場するSF作品は存在します。しかしこのロビーの存在意義は、その"ロボットらしいロボット"と云うフォルムとその機能。メトロポリスに登場する"マリア"はあくまでも人間の代役としての存在で、人格すら与えられているように見えます。人造人間と云った方が良いのでしょう。しかしロビーは性格無比な機械としてのロボットで、ロボットの創造者カレル・チャペックの概念にぴたりとハマり、尚かつ"ロボット=かっこいい"の図式を作ったエポック・メイキングな機械人形なのだと言えるでしょう。

 ストーリーとしては、軍の(地球連邦宇宙軍?)円盤型宇宙船(宇宙船と云えば鉛筆型を想像するが、これも革新的)が、未踏査の惑星アルテア4に接近、着陸したら難破船の乗客だったと云う科学者とその娘が住んでいた。初っぱなの設定としては、今の基準で考えればありきたりですが、のっけから猛スピードで走る動力台車に乗って"ロビー"が宇宙船クルーを迎えに来たり、惑星在住20年を数えるモ−ビアス博士が自力で建てたハイテク住宅、宇宙船の防御用バリア・システムや原子核破壊砲などなど、たたみかけるようにSFアイテムが登場します。しかし、これらのデザインにちょっと難くせ付けてみたりして・・・
 1956年、名門MGMが満を持してリリースした作品だけあって、大変贅沢な作りなのは今観ても分かります。しかし、製作当時にはその概念が無かったのか、セットやアイテムのデザインが古い作品とは言えいかにもチープ。この作品の約20年後にリリースされた"Star Wars"が、20年以上経った今も飽きられていない事を考えると、Star Warsの頃には既に古臭くなっていた「禁断の惑星」のデザインは"当時の未来風"であり、SFである為の"未来の今風"では無かったと云う事です。
 "当時の未来風"とは、未来的なデザインであっても機能に合わせたデザインでは無く、当時としてはシャレたデザインに過ぎない事。"未来の今風"と云うのは、その機能に合わせたデザインだから古臭く無いデザインになると云う事です。実用品のインダストリアル・デザインの基本はその辺にあると思うわけです。
 ただ車のエクステリアなどは趣味の部類、嗜好品的なデザインで良く、例外にあたるもののひとつになるでしょう。ロビーのデザインも、実はこの嗜好品的なデザイン"当時の未来風"であるがため成功したとも考えられ、デザインの難しさを感じます。
 作品の中盤で、惑星アルテア4の滅び去った先住民"クレール人"の事が語られます。クレール人が残した建造物の扉のデザインが"クレール人の体型に合わせた"五角形であると、モービアス博士がクルー相手に説明するわけですが、作中にデザインの実用性が語られるのに、作品自体のアイテム・デザインはビジュアル的にも"ありきたり"なものに終始するのはもったいない話です。全てはコンセプト・デザイナーの存在が無い事に帰因していると想像するわけです。
 はたして成功するかどうか、それは分からないとしても、現在盛んに作られているリメイクものとして、この作品を作り直す事も間違いでわないと思います。


「13ウォーリアーズ」 '01/3/20
 これもDVDのタイトルで買ったものですが、前々から観たいと思っていた映画です。最近の洋画は原題通りのタイトルで封切られる事が増えましたが、英語をカタカナに開いただけで原題通りと思えるこの映画、実は邦題と原題ではかなり意味が違って来るように思えます。

 マイケル・クライトン原作で時代背景等設定は史実をかなり意識した話づくりになっているけれど、バイキングと思える「北の民」は「本当にこんな格好しているか?」とか、北欧に熊の毛皮一枚の蛮族が軍団組めるほど居たのか? などなど・・疑問点がふつふつ。話としては、他人のかみさんに横恋慕の金持ちボンボン風の"詩人"である主人公"アラブ"ことアントニオ・バンデラスが、故郷のバグダッドを逐われ、特使と云う名目でヨーロッパに向かう途中、バイキングに「十三番目の戦士」と見込まれ、北の地で魔物と戦う。そー云う話です。
 最初から最後まで剣劇が続くスピーディな展開で飽きさせませんが、観終わると???どーいう映画だったの? こーいう映画だったの・・とこんな感じ。う〜む130億円の制作費は何処へ・・? CGに頼らずオープンセット組んでお金がかかったかな? いや、バンデラスの出演料が・・・かかった制作費の割にはこじんまりとした感じが拭えません。
 結局主人公が北の地で命をかけて戦った意味は何だったのだろう? クライトン原作にしては中身が薄いかなというのが感想です。画面の迫力も「グラディエーター」と比べるもなく見劣りするわけでアカデミー候補に上がらなかった理由はこの辺か・・バンデラス映画としては、以前の作品の方がおもしろいです。
 "アラブ"と云うキャラクター、選ばれし"十三番目"の戦士であるわけなんだけど、なぜ選ばれたのだろう? そうそうタイトルの意味が違ってくるだろう・・と云うのは、ここなのです。邦題の「13ウォーリアーズ」では「13の戦士たち」と思ってしまうけれど原題は"The 13th Warrior"なのです。「13番目の戦士」と訳すのが正しいわけですね。
 選ばれし"十三番目"の戦士と云うほど"アラブ"というキャラに存在感があったわけでも無く、ローマなどの中央で無い中世以前のヨーロッパを感じたい人は、観ても損しない程度の映画でした。
 いっそディズニー映画の「ドラゴンスレーヤー」みたいに、ドラゴンや魔物をもっとバンバンと出してしまった方がおもしろかったのでは? ファンタジー要素を排除して、リアルに作ろうとした事が敗因かもしれません。もしかしたら、監督のジョン・マクティアナンの演出が気に入らなかったクライトンが、自分でメガホン取ったち云う噂・・あんがい本当かも。


「DVD」 '00/8/2
 先日DVDソフトを買った。「マトリックス」と「アイアン・ジャイアント」のニ枚なのだが、かたや知らぬ者の無い程の超有名映画。もう一枚は知る人ぞ知ると云った感じのマイナー映画、と云ってもアメリカの劇場用アニメーション。古くからアニメを製作しているワーナー・ブラザースの作品ですが、日本では都市圏周辺の数館で上映されたにすぎず、タイトルを雑誌かなんかで見た? この程度の人が多いでしょう。
movie1.jpg 絵柄の違いはともかく、クオリティの高さはジャパニメーションにいっさい遅れをとらず、マニアックに成りがちな日本製アニメよりも、大人から子供まで楽しめる作品に仕上がっている印象が残ります。
 ところで買ったは良いがDVDソフト、実はまだそれを再生するプレーヤーを持ってません。これまで映画ソフトの購入はLDに限定していて、これまでに数十枚は購入しています。
 DVDが登場した時一番頭を悩ましたのが、プレーヤーの問題。LDプレーヤーとDVDプレーヤーを両方置くスペースが無く(他にもビデオデッキを複数所有しているわけで、これ以上増やせません)いずれコンパチ機が出るだろうと待っていたわけです。
 そうこうするうちに再度問題になったのが「DVDレコーダー」の存在。これがあれば従来のビデオデッキが不必要となり便利で省スペースに繋がるのですが、フォーマットの問題などでパイオニア陣営と松下陣営(ベータvsVHSみたいに)に分かれシェア争いをする始末。これでまた「時期を見よう」の状態にはいり今にいたります。
 メーカーの主導権争いと云うのはいつもユーザー不在の舞台で行われ、われわれの声は届きません。結局数年待たされ勝った方のフォーマットのハードを購入することになるわけです。
 当座一番現実的なのが、現状のシステムを維持しつつポータブルタイプのDVDプレーヤーを買う事です。他の趣味であるTVゲームとの絡みを考えると「プレーステーション2」を買うという手もありますが・・・どちらにしても今だDVDの映画タイトルは少ないです。数としてはもうそこそこ発売されてはいるけれど、購入したいタイトルはまだまだ少ないです。もうしばらく待ってもまだ遅くはないように思えます。
 とりあえずソフトの定価も安い事だし(CDとゲームソフトの中間?)目についたソフトを少しづつ買い集めて、プレーヤーの動向を見るのも手でしょうか?
('00.12月、結局PS2を購入)


「L.A.コンフィデンシャル」 '00/7/12
 全米映画生25部門、アカデミー賞2部門受賞した1997年の映画です。1960年代?のロス私警を舞台にした警察ドラマで評判通りの佳作でしたが、観終わってからしばらく・・妙に印象がうすくなって今までとりあげる機会を逸してしまいました。
 一番の見物は? 市警のお偉い役で出演のジェイムズ・クロムウェル。子ブタの「ベイブ」の老農夫役のあの役者です。「ベイブ」以前から名脇役として数多くの映画に出演していますが、この「L.A.コンフィデンシャル」ほど存在を主張した脇役はなかったと記憶します。下記「交渉人」主演のケビン・スぺ−シーがそれらしく主役かな? と思いつつ中盤で死んでしまい、顔だち的にあまり目立たない役柄が180゜C違うふたりが実は主役だったりで、ストーリー展開が細かく、伏線がいたるところに張り込まれ・・ラスト悪玉の黒幕が以外と読みそのままである事を除けば、二時間たっぷり楽しめる警察ドラマです。
 警察物はあまり観ないと「交渉人」の項で書いたにも関わらず、この映画を取り上げたのはそれだけ面白かったし、他の映画で書きたいと思う程の傑作・駄作が無い事に起因するわけで、どれも似たような映画ばかりの昨今というわけでしょうか? (駄作は元々観ない)
 この映画、地味さでいうとこの時代を描いた映画としては「ミラーズ・クロッシング」より地味だぞ!! タイプがまるで違う二作ですが、なぜかコーエン兄弟がふっと頭に閃き、映画と云うより三十年前の米TVドラマのような雰囲気だったなぁ・・と思うのが感想である。


「スペースオペラ」 '00/3/11
 最近この言葉を聞かなくなりました。二十年前後以前の漫画の世界では、定番のように聞かれた言葉です。そのものすばり「宇宙活劇」と約されますが、映画で云えば「StarWars」シリーズなどがそれに当たります。最近ではこのてのジャンルを何と呼んでいるんでしょう?
 最近コンビニの店頭で「StarWars Episode-1」のポスターを見かけます。ビデオ発売の宣伝用なのですが、どれくらい売れるのかな? 私はこの映画あまり評価していません。あれだけのスタッフが揃えば、あの程度の映画は当たり前に作れるはずで「Episode-4」のようなエポックメーキングな作品ではありません。無難に作ったかな? 及第点の出来、というのが採点です。減点部分が明らかにある分、点数は低いです。
 まず主人公が不在であること。アナキン? ダース・モール? オビワン? お姫様? 誰でしよう? 一応アナキンが主人公らしいですが、人によって見方が違うのでは? SFXに関しては既存の映画の中でもぴか一でしょう。CGが既にCGで無く、ライブ映像との違和感が全くないところなど秀逸の出来です。「StarWars」となれば100点が当たり前であるところ、主人公不在のためそれが80点にも70点にも下がってしまうわけです。それが同じ80点でも期待があまりなかった映画となると結構楽しめてしまいます。
 「ロスト・イン・スペース」今から三十年以前のTVドラマのリメイク映画ですが、こちらも点数では70〜80点と云うところです。しかしどちらが楽しめたかと云うと、こちらの方が期待感が少なかったせいか面白かったような気がしてしまいます。原典である「宇宙家族ロビンソン」はSFドラマとして名作に数えられ、登場したロボット「フライデー」はMGM映画「禁断の惑星」登場の「ロビー」と並んでSFファンの知らぬ者なしの存在。ストーリーはまったく映画に引き継がれませんでしたが、それは致し方ないこととしてかえってオリジナルストーリーであった事がよかったと思います。
 ラストシーンがお決まり過ぎの設定であったりで途中で先が読めてしまいますが、いかにも宇宙を旅していると云うイメージでは「スタートレック」シリーズなどより余程神秘性のある宇宙が描けていると思います。(StarWarsの場合も宇宙が既知の存在で、神秘性に欠けるきらいがある)今までのSF映画の宇宙がお茶の間の延長であるとしたら、この映画は始めて大気圏外に飛び出したと云うところでしょうか。後半の畳み掛けるような展開と宇宙感、StarWarsほど前評判の無かったこの映画を50〜60点から引き上げた要因はこの辺にあると私は考えています。


「交渉人」をLDで観た '99/12/8
 知り合い宅で「交渉人」を観た。いままでハリウッドの警察ものはあまり興味がなく、映画館へ足を運んだことはほとんどない。個人的な趣味として映画館の大画面で観るより、家でリモコン片手にGunアクションを楽しむというほうが性に合っています。昔観たTVの「アンタッチャブル」などと同じような感覚で楽しめます。警察ものは比較的キャラのアップ画面が多く、おっちゃん俳優の顔をドアップで観たく無いというのも、TVで観る理由のひとつでしょうか。そう云った意味では「交渉人」も映画館向きではないのですが、たまたまその知り合い宅が43inchのワイドモニターだったので、かなり映画館に近い雰囲気で楽しむことができました。
 主演のサミュエル・L・ジャクソンはそんなに重厚な演技をするわけではないのですが、微妙な目と表情の演技とジェスチャーがストーリーをどんどん主人公中心の世界に引き込み、その孤独を煽り立てていきます。相手役のケビン・スぺ−シーとの掛け合いがより不安を増長し、最後に待っている大どんでん返しがよい効果的に演出されていました。
 これから観るという方もいると思うので、これ以上ストーリーは語りませんが「交渉人」というタイトルがはたしてふさわしいのか? 話としては「交渉人が事件の加害者にされる」ということなので、なにかタイトルと違うようにも感じてしまいましたが、ラストシーンを観た瞬間「これで交渉人なんだな」ということが充分に納得いく絶妙な出来上がりを見せています。
 これから観るという方、観る予定のない人もすぐレンタル店に直行しても損のない作品です。


「ゴジラ2000ミレニアム」の話 '99/11/23
 クリスマスシーズン公開でしょうか? 最近朝のニュースや番組で取り上げられる「ゴジラ2000ミレニアム」ですが、いかがな出来上がりでしょう? 平成ゴジラ以来「東京国際映画祭」でしたっけ? 特別招待作品として先行上映されていますが、なんか私の耳が遠いのか宣伝的なアナウンス以外これと云った評判が聞こえてきません。ハリウッド・ゴジラの前例があるのでおとなしくしてるとしたら、ちょっと困ります。それは出来の悪さを暗にほのめかしていると云うことで「東宝よ! お前もかっ」と言いたくなってしまいます。もっとも私の場合「ゴジラvsビオランテ」をはじめ平成シリーズの多くに落第点を与えている作品があるので、ミレニアムがはずれでも珍しくはないと云ったことになってしまいます。
 なにが悪いって、最近20年間くらいの日本映画の多くはライティングが素人じみていて、元々予算が少なくセットに金が懸けられないのに陰影のうすっぺらい奥行きの乏しい画面しか作れません。京都映画製作の「必殺シリーズ」のように予算の少なさを、ライティングでカバーして陰影の深いすばらしい画面を作っているTVドラマもあります。「必殺シリーズ」の場合パースの消失点が画面中央に来る、奥行きのある大規模なセットが組めないという理由からきた、言わば「怪我の巧妙」と聞いています。昼のシーンは比較的ロングパースのシーンが入らないように撮影し、夜のシーン(藤田まことが裏稼業に出かけるシーンなど) では大通りの先が画面の中央に来るロングパースを撮影する、その際奥の方の照明を落とし闇に溶け込むようにする。町並みが闇に溶け込むことによって、その先にまだ建物がずっと続いていると錯覚させるのです。昔の映画製作の裏方には、こうした創意と工夫の発つ人たちが多いと聞きます。今の映画人はどうしてこういう事をまなばなかったのでしょう?




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