雲の写真集 今月の逸品 壁紙倉庫 その他のコンテンツ 掲示板 画像掲示板

タイトル・ロゴ
中央公論新社刊コミック版浅見シリーズ製作記
軽井沢殺人事件編 目次
軽井沢ニ面
バイプレーヤー
軽井沢大橋
仏の寝顔?
総論 Photo 軽井沢点景 Gallery


20001/2/6 総論
 気がついたら前回書いてから3ケ月経ち、なんと新世紀に突入してしまいました。書こうと思いつつ「何にしよう?」というのが"いいわけ"です。正直この"軽井沢殺人事件"は舞台がほぼ軽井沢のみに限り、なおかつ過去の事件の掘り起こしといった形で進行する為に、取材の内容を語るには要素が少な過ぎます。
 ストーリー展開としては「光彦の取材先で事件が起き、願ったりというかたちで介入して行く」と云う、このシリーズの定番的な始まり方をしますが、行き着く先が政財界という警察の介入も困難な領域であることがシリーズのなかでも比較的珍しいパターンに分類できます。この"困難な領域"が取材においてもネックになった事は云う迄もありません。
 光彦シリーズの多くは「旅情ミステリー」と銘打たれているだけあって、プロローグからエピローグまでの間に光彦は「今日は東、明日は西」と忙しく移動をかけ歩き回る事が多いと思います。しかしこの「軽井沢殺人事件」ではほぼ軽井沢町内の同じ場所を行ったり来たりをくり返し、一所に腰を落ち着けて進行するシーンが多く"絵的"な見せ場づくりが難しい作品になっています。室内のシーンが多いと、背景が非常に入れにくくなるものなのです。
 
 TVドラマや映画の場合、光彦やキャラクターたちを撮影すれば同時に背景も撮影されるわけで、ロケの場所さえ的確に選んでおけば自然に雰囲気がでてくれるものです。漫画の場合実体の無いキャラクターを想像の上で描くわけで、シーン・カットによって背景に適切な絵を描かなくては雰囲気がでません。この場合"絵的におもしろいもの"でないと、邪魔になるだけで意味が無くなってしまいます。それだけ漫画の背景は難しいものなのです。やはり列車で移動するなり、御当地の名物がある場所でストーリーが展開していく方が絵をあてるには易しいのです。
 こういった意味で「軽井沢殺人事件」は背景を入れにくく、雰囲気づくりに苦労しました。それに引き換え第2巻の「平家伝説殺人事件」は、光彦と佐和の二人が動き回ることによって次々と場面が変わり、背景が比較的楽に入れられた事を覚えています。

 ただ思うのは「今回もやってもーた・・・!!」いざ作画に入ると写真が無い!! 三作目ともなると"何が必要か"と云う事がかなり分かって来ていたのですが、それでもやはり漏れがあるもので資料写真が無いものは、間に合わせの絵を描かざるおえないことがありました。それでも前作の「平家伝説・・・」と「軽井沢・・・」は厳しいスケジュールのなか全編をほぼ自分一人で作画し、やむなく描き込みを抑えざるおえなかった部分も、他のコマとのバランスの崩れが最小限で済んだと思っています。

 全編230ページ前後の作品を、自分ひとり3ヶ月強の日程で描きあげるという作業は漫画業界でも異例な事と思います。通常なら背景仕上げ専門のスタッフを数人使っての作業であるわけで、たったひとりでこなすした事は描き手側の立場だけでいえば、かなり誉められ尊敬される仕事です。しかし読者にお金を出して買って頂く以上描き手の立場は関係なく、より良い作品で無ければいけない事は云う迄もありません。
 ひとりの力では如何ともしがたい事実も感じるわけで、背景スタッフを一人でも雇って自身以外できない仕事はひとに任せる事も必要だと云う事を痛感しました。
 漫画家は作品のクオリティと〆きりの狭間にたち、バランスを取る事を宿命付けられています。ただ多くの人は、絶えず満足度70%程度の仕上がりで出版社に原稿を渡さざるおえず、雑誌掲載の作品の場合は単行本に収録される際に手直し書き直しをするわけです。
 特に小説が原作でありTVドラマにもなっている作品は、そのイメージが漫画になる以前に読者の中で固まっている事でしょう。TVドラマは役者の人気に支えられた固定ファンがいますし、小説はそれ以上にシリーズのファンが山程います。それらに漫画作品で挑む事の困難さを、この3作品で嫌と云う程知りました。
 勝負するにはオリジナルストーリーしか無い。これが結論です。TVドラマは小説に無い、生身の俳優の魅力で対抗できますが絵ではやはり弱いのです。原作付きと云うよりも原案としての小説、キャラクターだけを借りて来てストーリーをオリジナルで展開する形で製作出来ないと、漫画としての面白さがなかなかでないと思うのです。
 「浅見光彦殺人事件」のようにTVでも漫画でも作る事の難しい作品もあれば「記憶の中の殺人」のように、光彦の精神世界がストーリーの世界観を作り上げている、映像にするととても面白そうな作品もあります。イメージシーンが多く出て来る作品はいかにも漫画向きで、作画してみたい作品のひとつでもあります。
 浅見光彦シリーズのなかにも作風が異なる作品がいくつも見受けられるわけで、文字より画像で表現した方がより良いストーリーもあると思うわけです。

 四巻目を出版できる日がいずれ来る日を思って、この製作記を終了したいと思います。御愛読ありがとうございました。 

2000/11/11 仏の寝顔?karu_08.jpg
 原作小説の中で「離山」は中軽井沢のある方角から観ると、山の稜線が仏の横顔に見えると書かれています。
 中軽井沢駅前から、草津温泉方面に抜ける国道146号線沿いにある「御食事処 山水」の脇から観た姿がそうである事は漫画のなかでも描写しましたが、右の写真がそれです。
 見ようによっては「そうかな?」とも思えるのですが「そう見えない」場所を探して走り回ってみると、確かに「山水」からの離山は
「仏の寝顔」に見えてきます。
 比較の写真を下に掲示するので、それで見比べていただくとして、この離山は軽井沢にあって、半島の様に山並から離れ軽井沢の町中に突き出ています。建物の影あるいは軽井沢の特徴たる林に視界を阻まれなければ、町中の何処からでも目にする事ができ、在住者にとっては非常に馴染み深い山である事が理解できます。
karu_09.jpg

 ふもとの全て360°を別荘地が取り巻き場合によっては裏山という感じにも思えますが、標高が1255mもあり、ふもとからでも300mは標高差があるでしょうか。裏山と呼ぶにはバカにできない高さである事は、山の南側にある登山道を登ってみればわかります。
 作中でも光彦が語っていますが、途中まで(別荘地がきれるまで)車で登らないことには、往復で丸一日かかるピクニックの距離になってしまう山です。
 数字ではバカにできない高さである事は、頂上からの眺望でわかるのですが、後日それらの写真もアップロードしようと思っています。

 左と下の写真karu_10.jpgはそれぞれ軽井沢バイパスの塩沢湖付近と、その東側中軽井沢とはまったく違う角度から撮影したものです。このように町中の至る所から見渡せる山は珍しいのではないでしょうか?
 前述した標高差が300m程度の山自体はどこにでもあると思います。東京近辺でも奥多摩や奥武蔵野の山々にもありますが、たいていは山並の始まりのなだらかな山で「離山」のように急に立ち上がる山はありません。この起伏の激しさは登山道を登っても判りますし、これらの写真を見てもお分かりいただけるのではないでしょうか?

 話のなかで重要なキーワードであり、ダイイング・メッセージとなった「離山」ですが、山それ自体には事件との関連はなく、イメージを得る為に登った光彦と作者の体力の無さを露呈させるだけのものです(^。^;) ただ光彦が経験したような、山頂からの眺望を奪う程の霧に出会えればより物語の中、光彦の心中に近付けるのではないでしょうか。軽井沢を訪れたおりには、健脚を試すためにも登山することをお勧めします。

2000/10/30 軽井沢大橋
karu_05.jpg 「軽井沢大橋」と聞いて、わずかな軽井沢に関する記憶を辿っても「聞いた事が無い」と云うのが、原作小説を読んで思った事です。作中でも語られていたと思いますが、実際に軽井沢大橋に行ってみると軽井沢在住の方でも馴染みが無いはずの僻地にあり、地理的に考えれば既に軽井沢の外と云って良い場所にあります。
 軽井沢駅の二つとなりの「信濃追分駅」の脇を通り抜け下った先に、大地をパックリと切り裂いた深い峡谷を跨ぐように台地と台地を結んでそれはあります。事前のイメージでは「深い山に囲まれた、いつも霧に包まれている」と想像していたものですが、実際は大橋を見下ろすような高い山は無く、橋そのものが当たりを見下ろすと云った景観になっています。
 内田先生が小説を書くにあたってイメージした頃は無かったであろうフェンスと有刺鉄線が、橋の欄干で峡谷を見下ろす事すら阻んでいます。言われる通りに自殺者が多いのであけば、防止用に必要な措置と思われますが、鋼鉄製のアーチ橋はともかくとして、実用のためと
karu_06.jpgは云えフェンスも鉄線も味気ないものです。
 日本と云う国の行政は本当に美的センスが無い。「・・防止用」にしても、もっと景観に溶け込むような工夫があって良いのではないか? そう思えてなりません。
 全木造で古式の橋でも再現していけば、交通量が少なく"ムダ"とも思えるこの大橋も、観光名所として観光客を呼べるのでは無いか? 写真にある鋼鉄製アーチ橋では、とても客は寄り付きません。地元の人間の交通すら少ないのでは、建設費の回収という名目はまったく建たず、税金の無駄遣いと言われても仕方ありません。
 ただ観光財源として考えた場合に、この橋からの見晴しがどれほど優れているかは私には判断できません。
 確かに、台地をナイフで切り裂いたように深い峡谷です。緑も深く、淀んでいる様にも見える川面も、意識しなければ五色に変わるようにも見えます。
 大橋のデザイン共々、明治の頃のイメージを再現した"お休み処"を袂にでも建築すれば、中軽井沢からのハイキング・コースとしてイケルような気もしますがいかがでしょう? 新たにかける予算が無いか・・・

 実際のところどうなのでしょう? この峡谷が霧に包まれ底が見えなくなるような気象状態は年間どれほどあるのでしょうか。ある程度季節的に傾向があるのであれば「後鳥羽伝説・・・」で登場した、広島県三次市の霧と同じ様に、呼び物になると思えます。
 霧は朝夕に出易く日中は晴れるもの。当たり一面の霧が短い時間の間に晴れ、その中からこの深い峡谷と大橋が現れる姿は、それだけで壮観な風景と想像できるのです。
 それにしても、歩いて行くにはかなりの覚悟が必要なくらい"遠い"イメージが抜けません。それだけ野本美貴の精神の落ち込みを察する事ができるわけで、小説に登場する地を訪ね歩く事は小説そのもののイメージを膨らますだけで無く、その地を訪れた心情を理解し、キャラクターに入り込み易くする手助けになるものです。

2000/10/8 バイプレーヤー( '01/8/6追記)
 どんなドラマにも欠かせず、良くできたドラマ程その存在を主張するのがバイプレーヤーです。ストーリー構成が良くできたドラマ程脇役が生きるもので、作り手側から云えば「いかに脇役を生かすか」という点に気を使うかが勝負の分かれ目です。主人公は男女を問わずある程度作り方の方法論があって、そのつぼさえ押
karu_04.jpgさえればそれなりのキャラクターに仕上がりますが、目立たないはずの脇役こそいかに生かすかが難しいものです。逆に云えば「扱いやすい」脇役が登場する話し程展開しやすいわけです。

 軽井沢殺人事件では大変生かしやすい脇役が登場します。「草西老人」がそれです。草西と云う名字は、この老人のモデルとなった「茜屋珈琲店」の
"茜"を分解したものですが、実在の人物のようです。すでに亡くなられて久しいのですが、内田先生の「囲碁仇」として忍ばれるものです。
 作中この老人がいなければ話が進まない程、重要な脇役として存在しますが慢画版ではどれほどに"生かす事ができたか?" そのへんが一番気になるところでもあるわけです。
 右の写真は軽井沢駅北口すぐにある本店です。草西老人が話し相手に光彦を呼んだのもこの店鋪です。
 支店が観光客にぎやかな「旧軽銀座」にあり、そちらのほうが人の流れが多いせいかこの本店は観光客が少なく、地元の常連さんばかりで珈琲を楽しみながら話をするのに適した静かな佇まいでした。2階には今も"名物マスター"の遺影が飾られ、室内の調度も在りし日のまま残され・・老人と光彦、あるいは岡小夜子、松里老人の談笑する姿が眼に浮かぶものです。
 建物の外観も室内も漫画では実物をそのまま引き写しの形で描写させて頂きましたが、建物そのものが元設計技師をされていた御主人が図面を起こし、調度類の骨とう品なども御自分で収集されたというから驚きです。
 漫画ではその辺のところを描ききれなか
karu_03.jpgったし、資料として撮影させて頂いた写真類はプライバシーの問題もあるので、掲載できないのが残念でなれません。
 ジョン・レノンとオノ・ヨーコのふたりを"あんなけったいな連中" と云った理由で追い出したほどの人物をモデルとする草西老人は、この話に合って最高の脇役と云って過言はありません。この老人の一挙一動、セリフのわずかな言い回しの工夫で話の深みが代わってしまう程のキャラクターと、今でもそう思っていることに変りはありません。
<<<<<<<<<旧軽銀座店
 
草西老人をどこまで描き込めたかは今も自身の無いところですが、酸い甘いも噛み分けた音明老人の片鱗くらいは表現できたのではないかとも思っています。

 浅見光彦シリーズはいわばヒーロー物で、内田先生も「居候の三十男で恋愛事に初」を強調して新作を発表してきていますが、どうにも光彦の快刀乱麻振りが目立ち、脇役を際立たせるには不向きなシリーズになってしまったようです。それも刑事局長である兄の存在など、光彦の身近なところに名脇役となりうるキャラクターがいる事もその理由となりますか。
 それにしても草西老人は、ある時は光彦を補強する一言を、またある時は光彦に新たなインスピレーションを与える、シリーズ中でも希有の存在と云って間違いはありません。
 モデル御本人が不帰人となった現在では、再登場は願えないと思いますが、あえて再度草西老人の語りを聞きたいのは私だけでしょうか?

 余談ですが、最近?埼玉県所沢にも茜屋珈琲店の店鋪ができたようです。西武鉄道所沢駅西口を北方向に歩いて"ファルマン通り"が左に屈曲する"飛行機新道"との交差点、地番でいうと「御幸町6番地」に店鋪があるのを発見しました。独特の字体のこの看板が架かっていたので間違いありませんが、軽井沢の名物喫茶店の支店が"なぜ所沢に?" 所沢が悪いわけでは決してありませんが、不思議な選択です。('01.8.6追記)

2000/9/14 軽井沢ニ面
 軽井沢の二面性がある。空気も凍るような寒い「冬」と、輝くばかり若葉が萌える「春」。そして歴史深い「別荘地」と「旧軽銀座」。お互い隣同士、あるいは背中合わせと呼んで差しつかえが無い程に隣接しているけれど、まったく風貌の違う顔付きを見せている。一本路地が違うだけで、まったく違う顔を見せるのである。
karu_02.jpg 鬱蒼とした林とも森ともつかぬほどの木立の中に、自動車のすれ違いを許さぬほど幅員の足りない砂利道がほぼ碁盤の眼状に走り、暗い木立の向こうポッカリと陽の射す空間に大小・新旧さまざまな別荘が佇んでいる。

 写真の「旧軽井沢別荘地」は愛宕山の麓に明治時代開かれた別荘地ですが、評判通りに暗く湿気の多いい土地で、冬の「空気が凍る」と云う寒さが(中軽井沢の人のセリフ)忍ばれます。と云うのもこの写真ではかなり「明るいじゃない」と思われるかもしれない。けれど1999年六月のこの日は季節外れ暑さで、日射しは強く取材して歩いた最中汗のかきづくめでした。
 真夏の日射しに近いこの日だからこその明るさと理解した方が良いように思えます。この後、真夏に向かって益々梢が茂りより木陰が増えていると思われます。
 純然たる別荘地として、観光的に見るべき物のないこの場所に、人の歩く姿は無くひっそりと佇み夜ともなれば寂しさはひとしおでしょう。
karu_01.jpg 左の写真が「旧軽銀座」銀座と呼ぶより「旧軽原宿」と云ったほうが関東の人間にはピンとくるような若者の町です。
 往来を行く人たちは大抵が若いカップルで、流行の先端をいく色とりどりの服やアクセサリーが店頭を飾り、イタリア料理が代表の地中海料理レストラン、手作りパン屋など十年あるいは二十年以前とは様変わりしたようなお店が立ち並んでいるようです。

 「軽井沢殺人事件」の舞台となった陰鬱な「旧別荘地」と背中合わせの場所の「旧軽銀座」お互いが水と油のように、接する事なく平行して存在する軽井沢。新旧の中間に立つものの無い土地。
 「旧軽井沢」と「中軽井沢」。「軽井沢」と「南軽井沢」。あらゆるパターンで二面性をもつのが軽井沢。そんな二面性を持つ軽井沢の土地柄を描きつつ、政治経済両面の奥深くに端を発した殺人事件を解明しつつ話は展開していいます。
 加えて「浅見光彦」と「竹村岩男」の二人の名探偵の絡みが、見せ場になることでしょう。

ページトップへ


Copyright:Cloud City.1999-2001 All right reserved.Kazumi Ichihashi.
海外旅行保険の加入はコチラ! 海外旅行保険の加入はコチラ! 生命保険の切り替えはココ
[PR] | 自動車保険大宮千葉自由が丘小山SEO対策消費者金融車 買取テンプレート沖縄旅行免許合宿二輪引越しプレゼント留学レーシックマッサージFXホームページ制作デイトレードテキスト広告
【運営会社「パラダイムシフト」サービス】 無料ホームページ - 携帯ホームページ - 無料ホームページ作成 - レンタルサーバー - ブログ
- クチコミ - 旅行情報 - 国際通話 - サイト監視 - 風評被害 - ホテル比較 - デルタ - ホテル - デルタ航空