文字甚句
| 文字は、秋田と宮城の物流の要所として藩政時代から明治時代半ばまでに 仙北街道またの名を羽後岐街道と言われ、背負子や旅人たちが行き交っていました。 (詳細は、『秋田越え漫歩会』のページをご覧ください。) 文字甚句は、そうした中、秋田県仙北地方の秋田甚句が伝わり、変化したものといわれています。 文字甚句は、農村の娯楽として祭事などで広く親しまれていましたが、 戦時中に三味線や太鼓などの伴奏者がいなくなったことなどから途絶えていた時期がありました。 地域の文化を絶やしたくないと、主婦を集め県内のみならず隣県を巡業して歩き、 今では、文字小学校の全校児童が運動会で踊り、 町の祭りである山車まつりで町内各地の婦人が一同に会し練り歩くようになっています。 |