文字甚句

文字は、秋田と宮城の物流の要所として藩政時代から明治時代半ばまでに
仙北街道またの名を羽後岐街道と言われ、背負子や旅人たちが行き交っていました。
(詳細は、『秋田越え漫歩会』のページをご覧ください。)

文字甚句は、そうした中、秋田県仙北地方の秋田甚句が伝わり、変化したものといわれています。
文字甚句は、農村の娯楽として祭事などで広く親しまれていましたが、
戦時中に三味線や太鼓などの伴奏者がいなくなったことなどから途絶えていた時期がありました。
地域の文化を絶やしたくないと、主婦を集め県内のみならず隣県を巡業して歩き、
今では、文字小学校の全校児童が運動会で踊り、
町の祭りである山車まつりで町内各地の婦人が一同に会し練り歩くようになっています。

一、甚句 アラ出た出た 座敷がせまい
  (チョイサー) せまい アラ 座敷も
  サアサ 広くなる
  (ハイハイハイハイチョイサ)

二、花と アラ もみじは どちらも色よ
  花は アラ ほころぶ もみじは染まる

三、わしも アラ なりたや 栗駒山に
  文字 アラ 花山 サアサ 目の下に

四、川の アラ 源 栗駒山に
  残る アラ 白雪 サアサ 駒姿

五、わしと アラ お前は 焼野のわらび
  わらび焼けても サアサ 根が残る
一、文字 アラよいとこ 栗駒山と
  ハイハイハイハイチョイサ
  細倉アラ鉱山 サアサ その合いの里
  ハイハイハイハイチョイサ

二、川の アラ 源 栗駒山に
  残る アラ 白雪 サアサ 駒姿

三、音に アラ 名高き 栗駒山の
  下を アラ 流れる 迫川

四、西も アラ 東も 山また山に
  煙 アラ なびくよ 炭窯の

五、文字 アラ 名物 何よと問えば
  炭に アラ お米に 甚句節

六、私 アラ 文字の 山中生まれ
  山で アラ 生まれて 沢育ち

七、文字 アラ 奥山 沢中さえも
  住めば アラ 都の 風が吹く

八、文字 アラ 春駒 娘がひいて
  山の アラ 奥から 炭運ぶ

九、お嫁 アラ とるなら 文字の娘
  里の アラ 土産に 二歳駒

十、甚句 アラ 踊り子 お嫁にほしい
  わけて アラ 文字の 踊り手を

十一、伊達の アラ 家老の 綱元様は
  おらが アラ 文字を 生んだ人

十二、踊れ アラ 今夜の 月出るまでも
  明日は アラ 働け 星出るまでも




(wavファイル;35MB)
だいぶ重いですけど聞いてください。